第24話
「いらっしゃいませ」
「こんにちは。あの、マスターいらっしゃいますか」
「いません。でもせっかくなんで座りませんか。僕あれから結構上達したんです」
カウンターには来たときからコースターと灰皿が一組置かれていた。あたしの席だと感じてそこに座る。
「普段は深夜いらっしゃることが多いとか」
「はい。仕事の後に」
「初回はタイミングが良かった。僕は普段、始発でここに来ます」
「マスターは今日来ますか?」
「ここはあの人の家ですよ。後からシャワー室を作ったくらいですから。僕も時々使わせてもらってます。家に帰るとどうしても睡魔に負けちゃって」
「分かります」
「でも今日は多分来ません。通しで夜勤を頼まれてますから。最近よくあります。どこで何をしているのかは聞いてません」
そうなんだ……。
「何かご用がありましたか? 相談なら僕でよければ聞きますけど」
じっと目を見つめられた。整った顔。肌が綺麗。彼はベルスのアルバイトだ。信用出来ると判断しポケットから手紙を取り出す。
「今朝これを渡されたんです。タクシーの運転手経由で。読んでください。あたしには全く意味がわかりません。これをマスターに見せたくて」
「それでこの時間だったんですね」
「はい。うちの代表の不在を知っていますか?」
「噂は一応。電話も繫がらないとか」
「はい。関係あるような気がするんです」
「そうでしょうね。僕が聞いた噂は誰かが阿久津さんを捜してるという事も含まれます。僕はこの世界の事はまだよく知りませんが、こういう事って本当にあるんだなと少し怖くなりました。恥ずかしいですけど」
「マスターに相談したかったんです。うちの店長はあたしを関わらせたくないみたいで。こんな手紙もらったって言ったら事務所に監禁されちゃいます」
「そういえば」
アルバイトは一呼吸置く。
「そういえば、手紙を見てたら以前マスターが言ってた事を思い出しました。余所に預けているけど手元に戻ってきたら阿久津さんに渡したいものがあるって。そういう約束があると言っていました。あれって権利証の事だったのかなあ」
「ベルスは阿久津グループなんですか?」
「グループの定義が分かりません。阿久津さんがお金を出して作ったという意味ではイエスです。でもアンクの系列店かと言われるとそうじゃないです。でも、このビルのオーナーはマスターのはずですよ。一階はお店入らないんですねって聞いたら、あそこを貸す気は無い言ってましたから」
「マスターはベルスの権利証を代表に渡したがってるんですね。そして誰かがそれを邪魔しようとしてる」
大枠が見えてきた気がする。
「多分。相手がマスターではなく阿久津さんを狙う理由も説明がつきますよね。今マスターは権利証持っていないんだから。出所を突き止めるより待ち伏せした方が確実ですもんね。それがいつまで待っても出てこないもんだから、あなたを利用しようとした」
「どうしたらいいんだろう」
「阿久津さんを捜すべきでは? 相手の目的は知りませんが先に権利証を手に入れて守るよう伝えるべきでしょう。大事なものでしょうから。もしかしてマスターが最近いないのは、マスターも阿久津さんを捜しているのかも」
「南です」
「え?」
「代表は南にいると店長が言っていました。変な人に代表はどこだって絡まれて、またカマかけられて騙されないようにってそれだけ教えてくれました」
「難しいな」
「考えれば考えるほどわからなくて。南でイメージしたのはハワイと沖縄です。グアムとか鹿児島とか」
「僕は南町田か南大沢かな。灯台下暗し的に。でも南の付く地名なんていくらでもありますよね。阿久津さんは夜の人だから大阪のミナミかも」
おおさか……。
「居場所、詳しく店長に聞けませんか?」
「無理です。絶対教えてくれません。この前部屋に不審者が入り込んだばっかりなんで絶対無理です」
「なんかすごいね。まあ土地がわかったところで結局そこから人さがしスタートですもんね。刺激するだけなんで店長さんは諦めましょう。あの、よかったら電話番号を交換しませんか? マスターが戻ってきたらお知らせします」
「お願いします」
あたしはキャスターに火を付け深々と吸い込んだ。アルバイトも失礼、と煙草を取り出した。あたしと同じ銘柄だった。
作ってもらったカクテルを飲みながらしばらく関係ないことを話していると、ひとつ発覚した事がある。同い年だった。しかもお互い相手を年下だと思っていた。
アルバイトは嬉しそうだった。あたしは生まれて初めて同い年という存在に出会った気がした。
もうひとつ。関係の浅い人に、自分から名前を尋ねてみた。緊張したのにあっさり教えてくれた。ベルスの背の高いアルバイト、名前は奏多君。えくぼが可愛い。
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