第21話


 あの謎の指名があってからあたしは大人しく生活している。元々派手な生活なんてしてないけど、例えば人の視線に敏感になったり、すれ違う人に声をかけられるんじゃないかと大きく避けたりしてしまう。大人しくというよりビクビクしてると言った方が正しい。

 アパート以外で落ち着けるのは事務所のビルとベルスくらいだ。


 内勤はよく気にかけてくれるようになった。優しさに拍車が掛かったというか、ほぼ過保護だ。

 店長は相変わらずだけど客は本当に選んでいてホームページのあたしのプロフィールを非公開にしてしまった。せっかく作ってもらったのに残念だ。指名は一切受け付けず、リピーターのネット予約から厳選された客に着いている。手当も本当に付いた。



 あたしの被害妄想を除けば、むしろ穏やかな日々だった。このまま何事も無く過ぎて代表はある日あっさり帰ってくるんじゃないかと思いだした頃、アパートに信じられない客が来た。ヒッピーだ。


 あたしは鍵もチェーンも掛ける習慣がなく、インターホンが鳴ると相手を確認する事なくドアを開いてしまった。なんで馬鹿なんだろう。被害妄想はこういうときこそ発揮すべきだったのに。やばいと思ったときにはヒッピーは体をねじ込むようにして侵入し、靴のまま部屋に上がり込みあっという間に角に追いやられてしまった。


「なんなの」

「阿久津の居場所を教えろ」

「知らない」

「頼む。居場所を教えてくれるだけでいい」

「本当に知らない。あたしが知りたい」

「黒田が知ってる。聞き出せ」

「奴なら隣だよ」


 ヒッピーははっとして離れるがすぐに詰め寄る。この階の住民は全員知ってるぞ、勝ち誇ったように言った。それを見てあたしは少し余裕が出た。


「あんたは誰に頼まれて代表を捜してるの?」

「関係ない」

「あるよ。あたしだって代表捜してる。あの野郎、給料未払いでばっくれやがって」


 どう出る。

 目を見開いて無言だ。


「だからあたしもあいつには用があるってわけ。ねえ紹介してよ、代表捜してる人。どうせ金貸しかなんかでしょ? あたしも協力するし」


 無言。


「あんたは別に恨みがあっての事じゃないでしょ? なんでこんな事してるの? 仕事の立ち上げはどうなったの? こんな時に言うのも変だけど、最初に会ったときの方が格好よかったよ。今なんか、疲れたチンピラみたい」

「俺は……」

「あたしたちってむしろ仲間じゃない? 勘違いがあったみたいだけど、まああたしはこんな仕事だし、しょうがないよ。気にしてない。だからとりあえず、一回話そうよ」

「俺は、俺は!」


 ヒッピーは泣き出してしまった。想定外だ。声をかけると顔を上げた。泣いてるくせに目には嫌な光があった。

 ヒッピーは両手を広げあたしを抱きすくめると首に顔を埋め更に泣いた。襟が濡れていく不快感を必死に耐えていると、背中に手が入ってきた。ブラのホックを外されシャツごとめくり上げられる。

 もうまじで最悪だ。このクソ野郎。あたしは胸の中で呪詛を連ねながら予備のコンドームあったかなあと仕事用のミニトートを目で探した。


 床に押し倒されたときにはもうヒッピーは泣きやんでいた。別のスイッチ入ってるけど。

 黒田って店長かな、内勤かな。まあ店長だろうな。そんな事を考えながら身体の力を抜き、地獄が終わるのをひたすらに待った。


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