第20話



「阿久津、代表な。お前何か聞いてるか?


 変な奴等と接点出来ちまったから教えておく。南だ。カマかけられても自衛しろ。


 南に阿久津の別宅があるんだ。あいつは今、そこで仕事してる。は? それ言ったらぼかした意味ねえだろうが。とりあえず聞け。 


 阿久津はまだこっちには戻れない。だが、あいつをすぐにでも町田に引き戻したい奴等がいる。今に始まった事じゃない。阿久津の多摩セン時代のオトモダチだからな。何年も恨まれてる。理由? 金だろ。ここからは俺の想像だが、奴等は阿久津を引っ張るネタを見つけて近付いた。お前だ。


 この辺は毎日人が入れ替わってる。男も女もだ。若いのもそうじゃないのも。仲間内で交代すりゃバレずに見張るなんて簡単だ。

 阿久津がいつから見張られてたのか知らないが、とにかく奴等はあいつにくっ付いてるお前に目を付けた。後は簡単だ。お前の事も単品で見張ればいい。


 あの指名客は手グセが悪くて元々この辺じゃ有名人だからな。お前との関わりがめくれて利用出来ると踏まれたんだろうよ。脅迫か、懐柔か、両方か。しかし予約してきた時から変な感じはしたが裏に誰かいるとまでは見抜けなかった。正直びびったよ。阿久津に知らせようにもあの野郎本体ごと解約しやがって音信不通だ。


 だが行動してきたってのは時間が無くなって来た証拠だな。奴等阿久津の居場所をもう半年も探してんだぜ。下は命令されれば死ぬまでだって待ち伏せするだろうが、上はそうはいかないだろうな。くたばっちまう。


 俺は店長だから店は守るぜ。スタッフの生活がかかってるからな。お前は自分で考えろ。別に辞めたって構わない。残るとしてもお前に出来るのは大人しく客を取り続ける事だけだ。当然だがあの指名客は出禁だ。


 お前は当分はネット予約のリピーターしか着かせない。その間は手当を付けてやる。それにいくらこっちがシャットアウトしたって奴等からすれば他にいくらでも手はあるんだ。大人しくしてろ。嫌なら町田から出て行くんだな。不安ならしばらく内勤を貸してやってもいい。だか面倒見れるのはそこまでだ。


 阿久津を見付けてどうするつもりかって? さあな。でもあいつがどうにかなれば喜ぶ連中は確かにいるんだよ。多摩センの事は前に話したよな。組織ってのは立ち上げより畳む時の方が面倒なんだ。人は死んだら生き返らないが、組織はそうだとは言い切れない。阿久津グループは墓の上に立ってる。あいつは今、それを守ろうとしてる」


 コーヒーはすっかり冷めてしまった。


「代表のグループに何が起こってるの?」

「何も起きちゃいない。何も起こさない為に阿久津は町田から消えたんだ」

「いつ戻ってくるの?」

「もう、長くないはずだ」

「代表が帰ってきたら全部元通りになるの?」

「ああ」

「誰が何の為に代表を捜してるんだろう」


 沈黙が深入りするなと伝えてくる。


「あたし辞めません」

「分かった」



 煙草に火を付けたのは同時だった。

 いつの間にかマスターが出て来てコーヒーを淹れ直してくれけど、店長にお前は先に帰ってろとタクシー代を渡され追い出された。

 空は白かったけど、目を閉じるとまぶたの裏はオレンジ色に染まっていた。


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