第17話


 アンクに来て一年が経った。良い客もいたし、嫌な客もいた。代表が消えてからは半年が経っていた。


 それでも自店含め、代表のグループは表向き何も変わらず営業している。そうなると上層部は事情を知っているはずで、何か根回しがあったという事だ。店が回っているならば無事であると信じられた。


 店長はこの半年で無口に拍車が掛かった気がする。内勤は相変わらずだ。あたしはというと生活は内勤に負けない変わらずっぷりで、心はすっかりすれてしまった。客の前で隠すのに必死だ。


 代表に会いたくなると仕事の後ベルスに行った。なぜか気配を濃く感じるからだ。


 マスターはいつもよく来たね、と優しく迎え入れてくれる。その顔を見れるだけで行く価値がある。初めてひとりで行ったとき、羊と香草のなんとかや、名前の長いパスタを出されて戸惑った。あたしはあの日の焼きそばを食べに来たつもりだったのだ。

 伝票も出されなくて見当がつかず尋ねると、あなたが来たら栄養あるものを提供するお約束になってます、と教えられ、会えない代表との繋がりを見付けて嬉しかった。それでも次からは焼きそばが食べたいと言うと、そうおっしゃるならと微笑んで承諾してくれた。


 何度か通ってからマスターに代表の居場所を聞いてみたけど、知りませんと首を振るばかりで何も教えてくれなかった。

 夜職の大人は口が固い。もしかしたら本当に知らないのかもしれない。最近は誰かに教えてもらう事は諦めている。



 その週の金曜日だった。いつものようにアパートで待機していると内勤から電話があった。


「指名なんだけどさ、NG多くて店長から相談された客覚えてる?」


 不安げな声だけど印象的だったのでもちろん覚えている。ヒッピーだ。覚えてるし行けると言った。


 部屋を聞くとイレギュラーがあった。ラブホテル希望だという。構わないけどかなり珍しい。短時間がメインのオナクラでは大抵の客がレンタルルームだ。箱によって広さが違うから好みはあるだろうが、最短三時間のラブホテルでは下手すると部屋代の方が高く付く。一度ビジネスホテルに呼ばれた事があるけど、もうおじいちゃんと呼んでもいいような見た目のお金持ちだった。

 ホテルの場所を聞くと直接話すから事務所に来るようにと言われ、すぐに向かった。 


 事務所には内勤と店長もいた。客指定のホテルが遠かったので、初めてタクシーで向かう事になった。客は電話で承諾済みだ。内勤が住所の書かれた紙を渡してくれ、タクシー代の受け取り方を教えてくれた。


 車でどれくらいかかるのか分からなかったので早めに出ようと立ち上がると、ちょっと待てと店長に引き留められた。


 気を付けろ、その一言だけだった。確かにおかしいとは思った。同じレンタルルームで同じメニューの習慣を二年変えなかった客だ。今回久しぶりの利用とは言え、この予約は確かに違和感がある。

 女の子にNGをくらいまくった前科がそうさせるのか、なんとなく不穏な感じだ。


 何かあったらすぐ電話しますと言い残し事務所を出た。なんだかよく分からない状況だけど、前回新人だった自分が上手くやり込めた相手なので、何となく今回も大丈夫だと思った。それにあたしは難しい客相手だとむしろ気合いの入るタイプみたいだ。


 今日も骨抜きにしてやるぞと、勢いよくタクシーに手を上げた。


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