第14話


 アパートに戻るとすぐにシャワーを浴びた。外出した後は勢いで入ってしまわないと面倒になり、起き抜けから後悔する事になる。


 髪を乾かしていると内勤から電話がかかってきた。代表と消えたあたしを心配していたらしい。どうもあたしと内勤とでは代表の印象は異なるようだ。


 焼きそば奢ってもらったと言ったら、えっと聞き返され思わず笑ってしまった。

 印象は違くても、焼きそば似合わないは満場一致だ。代表の名誉の為に経緯を説明すると、内勤はワインバーの事を知っていて、ベルスと読むのだと教えてくれた。

 あのピクルスはマスターの自信作だから頼まなくても大体サービスしてくれると言う。みんなに食べて欲しいのだ。ダンディなマスターの可愛らしい一面に笑みがこぼれた。


 利益というより趣味でやっているような店らしく、代表との関係は不明だ。今度一緒に行こうねと言い合って電話を切った。



 寝る支度を調えると、カーテンを開いて電気を消した。四階の部屋だから、夜はちょっとした夜景が見れる。夜景と言うには近すぎる、繁華街の下品な明かりだけれど。


 ネオンの隙間で黒服達が客の影のように動くのが見える。もう客足の減り出す頃だ。

 キャスターを吸い込み、ため息交じりに吐き出した。何度か繰り返し、目を閉じた。


 謹慎のドライバーは今頃何をしているだろう。狭い世界だ。もうこの辺りでは仕事出来ないかもしれない。相手のキャバ嬢はトラブルなんてもう忘れているような気がした。

 悪いのは本人でも、追いやられ居場所を失えば誰しも胸が痛む。勤め先がもうひとつあるといい。ひとりでも味方してくれる人がいればもっといいのだけど。

 あたしはつい、立場の弱い方に傾いてしまう。


 慎重に動こうと思った。あたしもいつか、失敗するだろう。失敗したあたしを代表は、店長は、切り捨てるだろうか。しくじったドライバーのように。

 目を離したコップから水が溢れるようにその時は一瞬で来るだろう。そしてこぼれた水は決して元に戻せない。それでいい。それでいいけれど、そのときを想像すると、胸が詰まった。


 なるべく長くここにいられますようにと願って火を消した。隠れるようにカーテンを引くと毛布に包まり、震えながら眠った。涙が出そうだった。


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