第13話


 事務所に戻ると代表がいた。店長がいなかったので待つようかと思ったら、財布出せと言われ給料を計算してくれた。領収書にサインしてコピーすると、ビニールポーチは内勤の机に置いた。仕事は出来るらしい。


「変な客掴まされたんだってな」


 心配そうなニュアンスを感じたけど誰かに聞いて欲しいと思っていたので得意になって話してしまった。全く変わらないテンションで店長に伝えておくと言われ温度差に少しがっかりした。


 内勤が戻ってきたのでビニールポーチを預け直し、事務所を出ると代表がついてきた。


 飯食わせてやる、とあたしを抜かして行ってしまった。気が進まなかったけど、断る方が面倒だと思い大人しくついて行った。


 着いた先は繁華街のまん中に立つ小さなビルだ。二階にワインバーが入っていると言う。ビルの前は何度も通った事があるけど看板が出ておらず、こんな所にバーがあるなんて気付かなかった。人とすれ違えない幅の階段を上がる。ドアのプレートには流れるようなフォントでBellsと書いてある。


 代表はカウンターに座ると絵に描いたような初老のバーテンダーに、なんか食わせてやってくれと言い、自分はトマトジュースを頼んだ。飲まないのと聞くと、これから送りがあると言った。そんな事するんだと思ったら顔に出たみたいで小さく舌打ちされた。


 新しい送りドライバーがキャバ嬢とトラブルを起こし謹慎させているそうだ。

 それってつまりクビですよねと聞くと当たり前だと言ってジュースを飲んだ。

 代表が赤い液体を持つと血にしか見えない。


 あたしは小皿に盛られたピーナッツを齧りながら食事の到着を待っていた。普段ひとりなら絶対に入れないバーの雰囲気に当てられて、食欲が湧いた。


 若くて背の高いアルバイトがピンクのカクテルを作ってくれた。ちょこんと浮いたさくらんぼが可愛い。名前を教えてくれたけど、初めて聞くお洒落な響きですぐに忘れてしまった。見た目よりさっぱりしたノンアルコールで、美味しかった。


 バーテンダーが作ってくれたのは焼きそばだった。キッチンからいい匂いがするなと思っていたけど、店の雰囲気には似合わない意外なメニューだ。


 バーテンダーは上品に微笑み、本来はうちのに食べさせる賄いなんですよ、と言った。

 素朴で優しくて、何にも入ってないけど全てが入ってるような味だった。全部食べた。

 

 食後キャスターに火を付けると、お口直しにどうぞと自家製ピクルスを出してくれた。

 こちらは公式メニューで、酸味が強くクセになる味だ。ほとんど代表に取られたけど、ヤングコーンは死守した。


 食事が済むと早々に引き上げた。デザートは勧められたけど断った。絶対美味しいに決まっているからだ。おなかがすいているときに食べに来ますと言うと、バーテンダーは微笑んで頷いた。


 代表はあたしを置いて出て行ってしまった。食事のお礼を言い、すぐ後に続こうとするとお嬢さん、と小さく呼び止められた。


「ここはいつも空いています。明かりが点いていなくても、遠慮せず入ってきなさい」


 足が悪いのかカウンターに手をつきゆっくりと出てきて、開いたドアを支えてくれた。

 アルバイトが近づいてきてバーテンダーを支えるように背中に手を当て、空いてる方の手で肩に触れた。


 階段を降りると代表がラークを吸っていた。お前何やってんだよと軽く咎められたけど、嬉しい気持でいっぱいだったのでありがとうと伝えた。


 代表は何か言いかけたけど、知り合いらしい黒服に遠くから呼びかけられて振り向いた。

 視線はそのままにお前先帰れと言い残し、呼ばれた方へ向かって行った。

 黒服はあたしを見ると代表に何か言った。なんとなく気まずくなって、すぐに歩き出した。



 駅前の広場には大学生くらいの団体がいた。全員酔っ払っていて、笑ったり呻いたりしていた。あたしはそれを見て、あんまり羨ましいとは思わない自分に気付いた。


 吐く為みたいな飲み会より、仕事終わりの焼きそばの方が素敵に決まっているからだ。絶対に。


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