第10話
買った物を整理して仮眠すると十六時になった。毛布を買ったからよく眠れた。
シャワーを浴びて下着のままキャスターを探していると、どこかの部屋から人が出て行く気配がした。
がんばって、心の中で声をかけた。一方的な仲間意識があり夜職の人には優しく出来る。心の中でだけだけど。それでも人に優しくするといい気分になる。あったかい気持ちで化粧を続けていると携帯が鳴った。
一昨日未明、あたしを蹴り出した男だった。
着信音が止まり二度続けて振動すると、携帯は死んだ。手に取るとぱくっと開いてアドレスを呼び出し、サクサク操作して着信拒否とメモリー削除をした。脇腹の痣を撫でた。
男の事は好きだった。あの夜頬を張られキッチンの床に引きずり倒された時も、最近お掃除してないな、としか思わなかったほどだ。
あたしの何かが悪かったんだと思う。殴られても二人目までは相手を責めた。その後順調に三人四人と続き、あたしの何かがそうさせるんだと察した。察してからは楽だった。息を吸うように媚びた。それでも状況は、時々突然、悪化した。
化粧を済ませてしまうともうやる事が無かった。出勤まで時間があったので、仕事用の服を見に行く事にした。頼めば代表が連れて行ってくれそうだったけど、仕事の道具を選んでいる姿は、何となく見られたくなかった。
ショートパンツは駅ビルの洋服屋で見つかった。Tシャツは気に入った物が無かったのでマネキンが着ていた物を色違いで揃えて買ってしまった。
まだ少し早いけどそのまま事務所に向かうと決め、店を出て大きな横断歩道を渡った。
もう真っ暗だな、なんて思いながら歩いていると、東口の広場が見えてきた。
あそこは町の縮図だ。リアルタイムでどんな人種が集まっているか良く分かる。
笑い声が聞こえて目をやると、女性が外国人と楽しげに話していた。あたしはそれを羨ましく思って、足早に通り過ぎた。
事務所のビルの前にはもう内勤がキャッチに出ていて、あたしに気付くと手を振って近付いてきた。
「煙草切らしちゃってさ、一本恵んでくれない?」
本気で困ってるみたいに眉の下がった顔で言うのがおかしくて、レギュラーで良ければどうぞと箱ごとあげた。
内勤は感動したように神さまあと情けない声を出し、走って持ち場に戻っていった。
元気だな、と思った。内勤がいつも元気だといいと思った。
事務所には店長と女の子がいた。なんだかちょっと、重たい雰囲気。
あたしはビニールポーチと財布を受け取り着替えを済ませると、何も言わずにそっと事務所を出た。
待機室に入るとさっきの光景が蘇ってきた。
どうしちゃったのかな、女の子。同い年か、少し上くらいに見えたけど。思い詰めたように何かを静かに訴えていた。シフトの相談とは思えない。迫力があった。
実は内容にはあまり興味が無いあたしは、差し出がましくも相談してくれればいいのに、なんて思っていた。もちろん冗談だ。でも憧れる。
ねえちょっと聞いてくれない、なんて話しかけられてみたい。あたしは面倒事のように振り向いて、まあそこ座りなよと言って熱いコーヒーを入れてあげるのだ。
そうやって相談し合える友達がいたら、この先何度殴られたって平気な気がした。
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