第8話
初めてのお客さんは常連のお兄さんだった。
学生並みに若く見えて少しぎくしゃくしたけど、プレイ中はただの赤ちゃんで可愛かった。
給料前だからごめんねと、延長はしなかった。そんなの全然構わない。
あたしはどの店でも初客の顔は忘れないから記念の夜にぴったりの素敵な客だった。
気持ちよく働けて良い気分で終了連絡をすると、内勤が出た。店長が初日だから上がってもいいって言ってるけどどうする、と聞かれた。疲れてないと言ったら嘘だけど、もう少し頑張れる気がして後一本行くと答えた。
少しの間保留にされると、同じ電話で次の部屋を指定された。
二番目の客は疲れた雰囲気の痩せた中年だった。なんだかカリカリしていたので、やんわりさすってあげながら話を聞いた。
なんと出会い系で二ヶ月やり取りした女性に初デートをすっぽかされたあげくパチンコで五万負けた。行く先々でキャッチに引っかかりやけくそで飲み歩くとぼったくられた。
とどめはお気に入りのおっぱぶに断られ警察を呼ばれてしまった事だ。泥酔していたので黒服に絡んでしまったらしい。息子くらいの警察官に説教され、解放されると当てもなく彷徨った。遠くが明るいと思ったら極楽のように金色に光り輝く案内所が現れふらふらと吸い込まれた。そしてようやくアンクに流れ着いた。たった一晩の出来事だ。
なぜかあたしが泣きそうになって、どうしちゃったのかしらねと沢山なぐさめてあげた。手のひらで包むようにしてかわいがると、少しずつ元気が出てきた。
タイマーが鳴る頃には客はもうとろんとろんで、寝ぼけてるみたいに延長してくれた。
おすすめするとひざまくらも追加してくれた。
プレイの後、服を着るのを手伝ってあげながら、あと少しあるからお話しましょうよと言った。まだ時間が残っているのに帰ると言い出したのだ。
客は俯いてごめんねどうもありがとうと言い、俯いたまま出て行った。
沢山おしゃべりした後だったから、急に静かになって耳が痛くなった。
良い客ほどすぐ帰る。この世界の方程式だ。
タイマーの残りを確認すると、まあいっかと思いキャスターに火を付けた。
あの客は二回いった。
最初はあたしの手の中で。
次はあたしの口の中で。
灰皿の中で使用済みのコンドームがぐったりしていたので、つまみ上げてゴミ箱に捨てた。
客は帰り際、ありがとうとごめんねと言った。
それはもしかしたら、この息絶えたコンドームに向けて言ったのかもしれなかった。
行き場を失ったかわいそうな体液たち。
優しく包み込むのはいつだってコンドーム。包容の権化だ。あたしはいつか、誰かのコンドームになれるだろうか。
物言わず体液を受けとめて、柔らかく包み込んであげたい。そして最後はありがとうとごめんねを言われ、あっさりゴミ箱に捨てられる。そういう存在に、あたしはなりたい。
タイマーで我に返ると吸いかけのキャスターを灰皿に押しつけ、荷物をまとめた。
事務所に電話すると今度は店長が出た。給料計算してあるから戻ってきなと言われた。
ずいぶん長い一日だった。
明日は昼前に起きて買い物に行かなきゃなと頭の中の買い物リストを整理しながら夜道を歩いた。
一歩踏み出すごとに防犯ブザーの揺れを感じた。フェイクでも、あると結構、心強かった。
事務所には店長と内勤がいて、あたしと入れ替わりで女の子が出て行った。
内勤にポーチを、店長に財布を渡した。
内勤は鼻歌交じりにローションの残量をチェックしたり、道具の不足が無いかを確認した。
店長はもちろん鼻歌なんて歌わずに信じられない早さで金を数え、パソコン上の売上げと一致しているかを確認した。
あたしに給料の入った茶封筒と金額の記入された領収書を渡すと、金額確認して合ってたらサインするようにと言った。これが毎日の事になる。
給料を数え領収書にサインした。内勤が領収書をコピーして一応取っときなねと渡してくれた。
店長が大丈夫だったかと呟いた。
何に対してかいくつか候補があったけど、全部大丈夫だったから大丈夫だと答えた。
帰り際、給料とは違う封筒を差し出された。鰐の金が返ってきたと察した。店長経由だからどうしていいか分からず受け取りかねていると見透かしたように入店祝いだと言われた。そういうことなら、貰っておこう。
お礼を言い事務所を出た。
空が白くなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます