第19話 東海道中膝栗毛

 ──翌日。

 郊外にある、ネムくんの屋敷を訪ねた。

 アイリの屋敷の四分の一にも満たない規模だけれど、それでも十分に立派。

 領主の娘の訪問に、家人と使用人が総出でお出迎え。

 例によってルドを馬車へ残し、ネムくんの案内で応接室へ。

 向かい合った細長いソファーの中央へ、互いに座る──。


「……レンガ造りの外壁に蔦。いかにも洋館……って感じの、ステキなおうちね。神戸や長崎の居留地みたい」


「ハハッ、どうも。こっちの世界じゃ、下級貴族相応のボロ屋敷らしいんですけど。アイリさんと同じ理由で、僕も気に入ってます」


「壁の蔦は、この世界が温暖化したときに見直されるわよ。ウフフッ」


「僕はこっちへ来て、ちょうど一年くらいなんですが。真夏でも三〇度超えないっぽいですね。体感ですけど」


 ネムくんは転生して一年……かぁ。

 やっぱりバラつきがあるのね。


「それでアイリさん。きょうはいったい、なんの用です? 再戦のチャンスをもらえるという話なら、うれしいんですけど?」


「それはまた今度、フフッ。ネムくんには、北の領地への行程を教えてほしいの」


「北の領地……。山向こうの、ですか」


 エッチを期待して、少し身を乗り出していた笑顔のネムくん。

 視線を天井へ向けながら、頭の後ろで両腕組んで、背もたれにべったり。

 散歩のお預けを食らったワンコのようなムーブに、人妻の胸がついついキュン。

 けれどきのうの興貴の感触、しばらく覚えておきたいの。

 ごめんね。


「……ええ。農道計画の視察。いずれ農道は、北の領地へと繋げる腹積もり。それが実現可能か、次の議会までにこの目で確かめたいの。ネムくんのこのお屋敷、領境りょうざかいに近いから、詳しいんじゃないかと思って」


「お、さすがはヤリ手議員様。動きが早い。でも、視察を名目にした政治家の遊興、こっちの世界でも評判悪いんで気をつけてくださいよ?」


「それはもちろん。ところで山に詳しいネムくん。トンネルを造る技術って……こっちはどうなの?」


「どうも未熟っぽいですね。北と道を繋げるなら、山の迂回路を整備することになるでしょう。山間の川沿いを開発する……って手もありますけど、豪雨時の川の氾濫と斜面の崩落が危ぶまれます」


「なるほど……。じゃあ、山道を広げるっていうのは?」


「それも現実味はありません。あの山は何度か登ってますけど、道は狭いわ、アップダウンは多いわで、交易用にはとてもとても。馬車が通る道を造るには、数十年かかるんじゃないですか?」


「日本にも、わたしが生まれる前からずっとやってる公共工事あったけど……ああいう感じになるのね。いまある迂回路を広げるのが、やっぱり現実的なんだ」


「迂回路の整備は歓迎されますよ。アイリさんちの上等な馬車なら、早朝発てば日没には北の領地ですが、乗合馬車や駄馬ではそうもいきませんから。道中に宿泊施設や道の駅を組み込むのも、いいんじゃないですか?」


「高速道路のパーキングエリア、みたいな感じ?」


「うーん……。どちらかと言うと、江戸時代の宿場のほうがしっくりきそうですね。 ほら、『東海道中膝栗毛とうかいどうちゅうひざくりげ』的な」


「と、東海道……新幹線?」


十返舎じっぺんしゃ一九いっくのコメディー小説ですよ。借金王の弥次さんと、男芸者の喜多さんの珍道中。この世界での遠距離移動は、とにかく退屈ですから。道中には娯楽、旅程にはストーリー性が欲しいですね」


「はあ~。さすが現役大学生の教養ぶりね。現役って言いかたも変だけれど」


「ハハッ。それを言うなら、アイリさんも現役人妻じゃないですか」


「フフッ、そうね。ネムくんに助言貰えてよかったわ。貸し……作っちゃったかしら?」


「ええ。お礼はぜひ、お見合いのやり直しで。アイリさんの肉体に、人妻亜依莉さんの包容力って、僕の理想像ですから。ハハッ」


「へえ、甘えん坊さんなんだ。けれど最低一回は、こっちから断らせてもらうわよ。オリジナルのアイリの仇、討ってあげなきゃね。フフッ♪」


「ええ~。死人にそういう義理立ては、いらないんじゃないですかぁ? まいったなあ、ハハハ……」


 いまのネムくんの反応……。

 彼はどうやら、肉体の元の持ち主とは会話できてなさそう。

 興貴も、そういう話はしてなかった。

 アイリ────。

 あなたやっぱり、特別な女だったのね……。

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