第14話 温度差

 ──アイリ専用のバスルーム。

 大理石っぽいピカピカの石で作られた、二人分ほどのスペースのバスタブ。

 そして同じ石材の、体を洗うスペース。

 バスルームが広いのはうれしいところ。

 バスタブの中で体洗うの、苦手なのよね。

 欲を言えば……お湯がかなりぬるめ。

 温泉大国日本出身のわたしには物足りない。

 別のところで沸かしたお湯が、壁の中の水路を通って出てくる仕組み。

 最初に湯を張ったら、以降の追加なし。

 だから真っ先に体と髪を洗って、お湯が冷めないうちに肩まで浸かる。


「ふうううぅ……」


 肉体はアイリでも、漏れる吐息はしっかりジャパニーズテイスト。

 それにしても……。

 ネムくんが夢中で愛してくれて、あらためて気づいたけれど……。

 アイリの体って……本当にきれい。

 全身細くて、腕も脚も長~い。

 この体なら、古い映画の女優みたいにバスタブの中から脚をサッ……と、こう……掲げることもできたりして……。


 ──サッ……。


 ……………………。

 ……しっかりできちゃうのね、このアイリは。

 亜依莉わたしの元の体だと、まず脚短いし、足先上がらないし、年齢が出やすい膝が視界に入ったりで……相当に不格好。


 ──ガチャッ……バタン。


「アイリお嬢様。お背中を流しに来ました」


「キャッ!? ル……ルドっ!? ノックくらいしてよっ!」


「……申し訳ありませんでした。ノックの前に動け……が、かつてのアイリお嬢様の方針だったもので……つい」


「そ……そう。でもいままで、洗いに来たことなかったじゃない?」


「アイリお嬢様は性行為のあとのみ、わたしに体を洗わせていました。そして、行為の内容を自慢げに語るのを、悦びとされていました。さながら、狩りの獲物自慢をなさるように」


 うわ、アイリやば……。

 エッチの内容自慢って、典型的なダメ男ムーブじゃない。

 興貴もちょっと、その傾向あったけど……。


「そ、そうなのね……。でもわたしはそのアイリじゃないから……。ルドはもうこういうの、しなくていいのよ?」


「そう……ですか。残念です」


「……えっ?」


「あ……いえっ、その……。じ、実は……このお嬢様用の美しいバスルームに、長らく憧れていまして……はい」


「あら、そうなの? じゃあ……一緒に入る?」


「え゛っ!?」


「このバスタブ、女子二人でちょうどいいサイズじゃない? 夫とは、よく一緒に入ってたし……。たまにはつきあってくれない?」


「し……使用人が、お嬢様と浴槽を共にするなど……できません。何卒、ご容赦を」


「……命令です」


「め、命令ですか……。それならば、断れません。衣類を置いてきますので……しばしお待ちください……」


 ──カチャッ……パタン……。


 ウフフッ、ルドったら緊張しちゃって……かわいい。

 でも、ちょうどよかったわ。

 いつかはを、確認しなきゃって思ってたから。


 ──カチャッ……パタン……。


「し……失礼します。あの……先に体を、流させていただきます」


 あら……。

 カワイイ系かと思ったのに、意外にもキレイ系の裸体。

 子ども体型卒業してて、スレンダー。

 細いと言っても浮いてる肋骨あばらぼねは一番下だけで、健康的な細さ。

 肌ツヤもいいし、食事はきちんと取ってるみたいね。


「……ルド? 背中はわたしが洗ってあげる」


「ええっ!? そ、そのような主従を無視した行い……ご容赦を!」


「命令。腰を下ろして」


「……はい。承知しました。お願いいたします、お嬢様」


 ウフフ……それでは、失礼して。

 でもタオルでこする前に、ちょっとだけ素肌の感触をチェック……。


 ──つるっ♥


 ……フフッ。

 滑らか滑らか、若い若い。

 さすがのアイリも、肌年齢では負けてるわね。

 肩甲骨の間にニキビがぽつぽつあるだけの、無垢な女の子の背中──。


「……とってもきれいなお肌よ、ルド」


「あ、ありがとう……ございます。あの……お嬢様。もしかして……わたしの体に傷がないかを、調べていますか?」


「……あら、バレちゃった?」


 ルドの額の痣が、アイリによって刻まれたと聞いて……。

 ずっと気にかかってた。

 傍目には見えない服の下に、まだあるんじゃないか……と。


「意地悪なアイリのことだから、体にも傷跡や痣があるんじゃないか……って心配してたの。でもよかったわ、きれいな体で」


「元のお嬢様ならば、『人目につかないところへ痣を作っても意味ないわ』……と、仰るでしょう」


「……恐るべき攻撃性ね」


「いえ……珍しくない話です。よそのお屋敷では、背中を直に鞭で打たれるメイドや、望まぬ刺青を入れられるメイドもいるそうです」


「えっ……。そ、そうなの……? なんて酷いことを……」


 アイリは世間に知れ渡るほどの悪女。

 けれど裏では同じことをしてる人が、きっと大勢。

 中にはアイリを非難しながら、自分はもっと酷いことをしている大悪党も──。


「お嬢様がいた世界では、そういったことはないんですか?」


「え、ええ……。あっ、いえ……」


 ……ある、子どもへの虐待。

 日本だけでも相当だし、海外へ目を向ければ、もっと──。


「……あったわ。文明が進んだだけ、その文明に沿った虐待が……」


「世界や時代が変わっても、人間は変わらない……ということでしょうか」


「広い目で見れば……ね。けれどルド、あなたのお嬢様は変わったわ。虐待なんてしない女へ」


「あっ……♥」


 目の前の小さな背中を、ついギュッ……と抱き締めた。

 わたしはこの世界へ来てから、ずっとずっと復讐、復縁ばかり考えてた。

 でもそれは、手段であって目的じゃない。

 わたしが望んでるのは、興貴を愛し、興貴に愛される生活。

 興貴を守り、興貴に守られる人生を取り戻したい……それが目的。

 人は一人じゃ生きられない。

 守る存在だって……必要。


「……ルド。新しいアイリは、あなたを守るわ。愛する……わ」


「あ、あ、あ……愛するとは……え、え……えええとっ!?」


「さ、お湯へ浸かりましょ。このままじゃ、風邪ひいちゃうわ」


「は、はい……」


 ……あら?

 湯船に浸かったルド、顔が真っ赤……。

 ううん、顔だけじゃない。

 まるでエッチ中のわたしみたいに、肩から上が赤く染まってる……。


「……ルド? もしかして……このお風呂、熱い?」


「は、はい……。先日お嬢様がぬるいと仰っていたので、お湯を多めに入れておりますゆえ……」


「あら、そうなの。温泉の国から来たわたしには、これでもぬるいくらいだけれど」


「お……温泉とは、なんでしょう?」


「えっ……? うーん……火山の地熱で温められた湧水を使ったお風呂……かしら」


「かっ……火山の熱でお風呂っ! お嬢様の世界は、灼熱の焦土なのですかっ!? うーん……ぶくぶくぶくぶく…………」


「きゃっ……ルドっ! のぼせちゃったのっ!? ねえ、ちょっと!」


 こっちへ来てから、世界観のギャップは何度も感じたけれど……。

 中でもお風呂のお湯は、かなりの温度差があるみたい──。

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