第12話 第四の転生者
「……元の世界のお名前、聞いてもよろしいですか?」
「あ、えっと……。青島……亜依莉です」
「ご職業は?」
「食品会社の……総務部……。年は……ごにょごにょ……」
「……僕よりお姉さんという認識で、よろしいです?」
「はい……よろしいです。ちなみに既婚。子どもまだ……です。でした」
「アハハッ、貴重な個人情報すみません。接しかたの参考にさせていただきたくて。でもあの農道の草案見たとき、本当驚きましたよ。道の駅に自由競争入札ですから」
「知ってる人が見たら、バレバレですよね……アハハ……。そっか……興貴たち以外にも、転生してる人がいたんだ……」
「えっ? アイリさん以外にも……まだ?」
「……あっ!」
い、言ったらまずかったかしら?
でもいま、日本出身の知り合いは、正直心強い。
興貴と華穂は二人がかりだし……。
大学生なら、まだすれてなさそうだし……。
ドロドロ展開のところだけオブラートに包んで、事情話そう────。
◇ ◇ ◇
「────と、いうわけなの」
「……なるほど。僕が滑落死したのは
「藤見山……。えっと、確かそういう名前の山だったわ。ネットで調べたとき、富士山っぽい名前だって思ったの、覚えてる。その中腹の吊り橋」
「ああ。僕が落ちた上級者用の裏ルートも、下がその渓谷でした。あの渓谷に、この世界へと通じる魂のワームホール的なものが、あったのかもしれませんね」
「ワームホール……ですか」
「ま、いまさら確認のしようもないですけど。ハハッ」
明るい……。
さっき抵抗なしで享年って言ってたし、自分の死も軽く語ってる。
若い分、適応能力が高いのかしら?
それとも……涙はもう、出し尽くしてるの?
「旦那さんの……興貴さん? いやあ、登山歴の先輩がこっちへ来ているとは、うれしいですね。旦那さんとは、気が合いそうだなぁ」
「どうかしら。彼は一度も、ネムくんみたいにハンカチ敷いてくれたことなかったけれど。フフフッ」
「登山好きの人なら、その奥さんのあなたとも気が合いそうです。本物のアイリさんには、嫌われましたけど」
「……アイリには最初から、お見合いするつもりなかったと思うわ。ネムくんをからかって、遊ぶつもりだったのよ」
「確かにそんな感じでしたね。じゃあ……新しいアイリさんと、お見合いやり直しちゃおう……かな?」
「えっ?」
わっ、ネムくんの顔、ちょっと近くなった!
えっ、えっ……?
ちょっと待って!
「新しいアイリさん、ナンパするならフリーのうちかな~って」
「ちょっと……やめてよっ! わたし、体は変わっても既婚者よ! 興貴の妻よ! それにお互い、そんなこと言ってる場合じゃないでしょっ!?」
「……もしかして、元の世界に戻る方法とか考えてたりします? あの高さから落ちたんですから、僕たちの本来の体はもう、お墓の中ですよ?」
「そ、それは……わかってる。気持ち、折り合いつけてる。でも、だからって……」
「アイリさん、こっちへ来てからずっと、体がふわふわしてる感じしません? 常に足の裏が……ほんの少し浮いてるような、イヤ~な感覚」
「えっ……?」
「実は僕がそうだったんですよ。ずっと足の裏が疼いて、冷や汗がよく出て」
そう言われれば……そう。
吊り橋から宙へ投げ出された瞬間に起きた、大きな喪失感。
空中で、足の裏に冷たい汗が一気に湧いた、あの不気味な感覚。
アイリの体に転生してからも、強烈に残ってる。
意識、魂に、深く刻まれてる記憶の傷……。
「僕は、肺炎っぽい
「……はい?」
「そのメイドさん……年上のちょっとキツイ感じの人なんですが。僕が転生してからしばらくして、快気祝いにと、お金の話なしでしてくれたんです。セックス」
「ちょ、ちょっと……なんの話っ!?」
「それからぴったりと治まったんですよ、足が浮いてる感じ。で、死への恐怖を癒すには、生を感じる行為が一番なんじゃないかな~って。ほら、アイリさんの場合、旦那さんへの仕返しにもなりますし」
「そんな仕返し……したくないわっ!」
「そんな仕返し……ですか。だから、不倫カップルが転生した農家を、道路工事で潰す仕返しを選んだ……と」
「そっ、それは……」
「……図星ですね? 転生の経緯と農道計画、やっぱり繋がってますよね。ハハッ」
「……ごめんなさい。隠したわけじゃないんだけれど、転生したあとのことまで話す必要ないと思ったの」
「いえいえ、批判するつもりは毛頭。僕がアイリさんの権力持ってるなら、そんな回りくどい仕返しはしないかなぁ……って。やっぱりアイリさん、優しいですよ」
興貴と華穂には、かなりの酷を強いたと思ってたけれど……。
こっちではまだまだ、甘い手段だったのね。
彼……ネムくん。
下級貴族とは言え、興貴たちじゃ知り得ない情報、かなり持ってるっぽい。
いきなり体のつきあいは無理だけれど、縁を切るのも考えもの……。
「……で、話戻しますけど。僕とシませんか?」
「ン……。えっと……」
なんだか脅迫されてる感じ……怖いわ。
仕返しのことは当の興貴たちが一番知ってるんだから、脅しにはなってないんだけれど……。
「元のアイリさん遊び好きで有名でしたし、体こなれてると思いますよ? 僕は絶対口外しませんし、この世界にはスマホもデジカメもないからリベンジポルノのリスクもゼロ。お試しで異世界セックス……どうです?」
初対面の印象より、かなり軽めだったネムくん。
正直独身時代、このレベルの容姿の男に言い寄られたら……相当迷ってると思う。
けれどわたしは、分別ある人妻。
たとえ夫がほかの女と夫婦になっていても、自分が同レベルまで堕ちる気は──。
「『──よろしくてよ。わたくしの部屋へ……いらして』」
「……領主様の嫡女からのお誘い、謹んでお受けいたします」
ああぁああっ……!
もうっ、なんなのこの体っ!
ときどき勝手に返事するううぅううっ!
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