第10話 声

 ……ふう、せいせいした。

 一旦は……ね。

 帰った華穂は、興貴へわたしの悪口言いまくるかもしれないけど……。

 それで華穂の印象が下がれば、まあしめたもの。

 男の庇護欲を刺激するだけが取り柄の女だから。

 かわいいと思っていた小さなペットが、醜い鳴き声で牙を見せれば、噛みつかれる前に手放したくなる……というわけ。

 ウフフフフッ……♪


『ウフッ……ウフフフフッ♪』


 ……えっ?

 いま、わたし以外の女の声が、したような……。

 若くて高くて……澄んだきれいな笑い声が。

 わたしの声に似てて、まるでエコーのようになってた……。


 ──きょろきょろ。


 ……だれもいない。

 気のせい……だったかしら?

 でも、確かに聞こえた…………。


「……アイリお嬢様、お客様がお帰りになりました」


「あらルド、ありがとう。華穂の奴、ぐずって動かなくて大変だったんじゃない?」


「いえ。玄関まで送ると、逃げるように駆け足で」


「その後ろ姿、目に浮かぶようだわ。アハハハッ!」


「……ところでお嬢様、入れ替わりで面会希望者がいらしております」


「今度は興貴? 華穂とバトンタッチ?」


「いえ。次の面会希望者は、下級貴族の嫡男、ネム・ザシュー様です」


「ネム・ザシュー……。初耳の名前ね?」


「わたしとしては、面会はおすすめできません」


「……どうして?」


「アイリお嬢様が手首を切るきっかけになった、見合い相手です」


「あ、あら……。それは確かに、考えちゃう相手ねぇ……」


 オリジナルのアイリが、リストカットするきっかけの男……。

 怖いもの見たさで、ちょっとだけ会いたい気もするけど……。

 因縁があるだけに、ボロが出ちゃいそうよね。

 それに……この悪名高いアイリを、見せかけのつもりとは言え、リスカにまで追い込んだ男……恐ろしい。

 クレバーなルドも、おすすめできないって言ってるし……。

 そうね、ここは一つ、気分がすぐれないという理由でもつけて──。


「『──会うわ』」


「承知しました。相手が相手ですから、密室を避けるために中庭で待たせております。念のため、周囲から見えない場所への移動は避けてください」


「……えっ?」


「では、わたしは昼食の準備へ。失礼します」


「あの……ルドっ? ああ、行っちゃった……」


 あ……あれっ!?

 わたしいま、「会わない」って言ったつもりだけど……。

 ルドの……聞き間違い?

 いや、でも……。

 「会うわ」っていう自分の声が、耳の奥にうっすら残ってる……。

 ……………………。

 ……どうして?

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