第二章 復讐、そして淫欲
第07話 関係リセット開始
──興貴との再会から六日。
華穂から屈辱を受けて六日。
わたしはいま、関係性リセットの初手、領議会の席に着いてる。
きょうは月に一度の、アイリのお父さん……じゃなくって、わたしの父上を議長とした、領地のお偉方で構成された議会が開かれてる。
黒い絨毯。
太いひじ掛け付きの、黒革のいす。
白いテーブルクロスの円卓を囲む、十数人の腹黒い中高年たち。
そして……腹黒いわたし。
初対面の人たちに、初めての場……。
この会議の重要性が、いまいち掴めてないけれど……。
ルドから聞いた話から想像するに、日本の県議会くらいの位置づけっぽい。
こういうことになるなら、行政の議会ネット中継、一度は見ておけばよかったな。
まあ……こういうことになるなんて、思うわけなかったけれど。
それにしても……。
会議の場なのに、みんな好き勝手にだべってばかり──。
「貴殿の例の土地、遊ばせすぎではないですかな? 実は大型商業施設の話が──」
「いやいやあそこは、水面下でカジノ誘致の打診が──」
「おやその噂、本当でしたか。ならば建設には、わたしの会社を一口──」
「しかし貴殿の建設会社は、手抜き工事が発覚したばかりですからなぁ──」
……議員たちは、揃いも揃って儲け話に目をギラギラ。
この点で言えば、地方議員の不祥事が絶えない令和の日本と大差ないのかも。
これに関しては、ルドいわく────。
『議会では主に、領民へ与える飴と鞭が議題となります。議場の面々は、議長でありあなたの父上となるヴァンダル・ラモディール以下、飴の考案が不得手。自分が肥え太ることしか考えていませんので。そこでアイリ様は、飴の提案をしてください。例の夫婦にだけ、鞭が及ぶ案を。例えば──』
……ルドから授かった案。
それにわたしの知識を加味。
その政策で、興貴と華穂の暮らしへ一石を投じ……揺さぶる。
ルドが議事録を調べたところによると、飴の話は主に議会の後半に、父上から切り出されるそう。
「あー……静粛に! 静粛に!」
──パン! パン! パン!
肉厚の手で鳴らされる拍手。
それを機に、議員たちがいっせいに言葉を控えた。
拍手の主は、わたしの父上となるヴァンダル・ラモディール。
出っ腹がつかえてテーブルに手を置けず、わきに小さなテーブルを別途用意してもらうほどの肥満体。
垂れた顎と頬肉によって首は見えず、小刻みな息を常にフウフウ。
頭部は禿げ、左右に残った赤い長髪へ手入れを全集中……いわゆる落ち武者ヘアー。
この世界に、武者はいなさそうだけど……。
それにしても、この美形のアイリとは似ても似つかない父親。
髪の色以外のDNAは、母親譲りなのね、きっと。
「中心部の開発の件はこれくらいにして、そろそろ農村部の領民の生活向上、振興の話を──」
……来た!
農村部の話題!
ええっと、ルドによれば────。
『議事録では詰めて書かれておりますが、行間を読み解く限り、ここから進行がかなり鈍るようです。場の声が途切れたら、お嬢様の出番となります』
……確かに、誰も発言しなくなったわ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
……お金が流れやすい都市部の動きには興味津々で、地道な活動が実を結ぶ農業には、まるで無関心なのね。
よし、いまこそ挙手のタイミングっ!
ごくっ…………いくわよっ!
「……ち、父上! あの、ご提案がありますっ!」
「アイリ議員。毎回注意しているように、議会の場では議長と呼びなさい」
「あっ……失礼しました!」
……出だし失敗っ!
デブハゲ親父、見た目で偏見持ってたけど意外と真面目っ!
けれど……言葉を詰まらせちゃったから、いい仕切り直しができたと思おう!
今度こそ……落ち着いて!
っていうかオリジナルのアイリ、あなた毎回こうなの!?
「……こほん。わたしは農村部の生活向上のため、広域農道の開発を提案します」
「こ……広域農道、とな?」
「農村部から領中心部へと直通の、幅の広い道です。物流をスムーズにさせる一方で、農村部の蓄え……タンス預金を中心部へと流れやすくします。たとえば先ほど、カジノ誘致の噂話が出ていましたが……。農村部からカジノへと送迎馬車を出すことで、カモ……失敬、客足を伸ばすこともできましょう」
「……ほう」
「当面は農道として運用しますが、折を見て海に面した北部の領土へと延伸。農作物の輸出、海産物の輸入を行い、経済を活性化させる幹線道路とします。そして、ゆくゆくは……」
「……ゆくゆくは?」
広域農道はルドの案。
いま北部の領土へは、山越え谷越えの山道しかなく、交易はまばら。
そこでまず農道開発というワンステップを置いて、交易用の幹線道路開発の機運を生ませる。
そして……ここからが、異世界出身のわたし流アレンジ。
「ゆくゆくは、農道の両端へ農産品直売所……『道の駅』を作ります。道の駅は仲買人を入れないマーケットで、農家が農産品を直接、自分の納得する価格で売ることができます。中心部から、他領から、この地方の名産品を求めて人が動きます」
「みっ……道の駅、となっ!?」
この世界に鉄道があるのは、ルドから確認済み。
そしてこの領にはまだ鉄道が通っておらず、それがこの場のお偉方の、コンプレックスになっていることも。
だから「道の駅」というネーミングは、かなりのインパクトがあるはず──。
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