第06話 己の敵は味方

 ──ガチャッ……バタン!


 おとなしそうで従順そうなメイドのルドが、ゴリ押しで部屋へと入ってくる……。

 表情はキツく、ソバカスがある頬を吊り上げて、眼鏡越しにわたしを睨んでくる。

 まさか、まさか……。

 昼間の会話、聞かれてたっ!?

 そして……。

 そのネタで……わたしを強請りにっ?


「……お嬢様」


「はっ……はいっ!」


「昼間会っていた農家の夫婦との会話、はからずも耳に届いたため、聞かせていただきました。あなたは…………アイリお嬢様の死後、その体に入り込んでいる別人!」


 ──びくんっ!


 やっぱり聞かれてたっ!

 転生……見抜かれてるっ!

 ただでさえ悩ましいのに……また不安材料増えるっ!


「……まあ、お嬢様の中身が別人なのは、とっくにわかっていましたが」


「えっ……? それ……って?」


「まず、お嬢様の自称は『わたし』ではなく『わたくし』。そしてお嬢様は左利き。でも、いまのお嬢様は右利き。いくら自殺未遂のショックがあったとは言え、利き腕が変わるのは不自然です」


 そ、そうなんだ……。

 そう言えばときどき、無意識に左手が先走ることあったけれど……。

 あれって、肉体に残ってた癖だったのね。

 言われてみれば、右利きなのに右手首にリスカ痕あるの……不自然よね。


「それからあのアイリお嬢様が、使用人のためにドアを開けに来ることは、絶対にありません。加えて言うなら、内開きのドアにいつも驚いているご様子。あなたは外開きのドアの世界から、来たのではないですか?」


 ルドさんが、眼鏡のブリッジを右人差し指で……クイッ!

 なんて鋭い観察眼っ!

 まるで、見た目は子ども、頭脳は大人っ!


「……なにより、お嬢様にしては性格が穏やかすぎます。あの、意地悪で、わがままで、色ボケで、わたしの額へ一生消えない痣を刻んだお嬢様とは、似ても似つきません。完全に別人です」


「はっ……! ルドさんのその痣、もしかして……この、わたしがっ?」


「お嬢様の見合いの席で、お嬢様のトーク中に、喉の疼きを我慢しきれず咳ばらいを一つ……。それが逆鱗に触れて、そこにある燭台で殴打されたものです。恐らく、一生消えぬかと」


「お……女の子の顔に、そんなケガをっ!?」


「それ以前に、わたしのこの吹き出物やソバカス……。お嬢様が自分の引き立て役にするため、わたしへ不摂生を無理強いしてできたものです」


 ひええぇええーっ!

 ……アイリ、あなたいったいなにしてるのよっ!?

 権力者の娘だからって、横暴がすぎるでしょ!

 華穂が「領主の娘は評判悪い」って言ってたけれど……想像以上っ!

 この体……とんでもない事故物件じゃないっ!


「ごっ……ごめんなさい、ルドさん! 本当に……ごめんなさいっ!」


「ですから、あなたとアイリお嬢様は別人だと理解しています。あなたが謝る必要はありません」


「そ、それは……そうだけれど……」


「それにぶっちゃけて言いますと、この現状、わたしにとって理想なのです」


「えっ……?」


 ルドさんが、また眼鏡クイッ。

 とりあえず、強請られることは……なさそう?


「十三歳でお嬢様の従者になってからというもの、地獄の日々でした。理不尽な罵倒、暴力の連続……。お嬢様を亡き者にして自分も死のうかと、何度思ったことか」


 アイリーーーーっ!

 あんたどれだけ腐ってたのよっ!

 こんな真面目そうな子を虐待するなんてっ!

 ……ううんっ、真面目不真面目問わず、虐待ダメ、ゼッタイ!


「……ですが、父を病で失い、女手一つでわたしを育ててくれた母と、学校へ満足に通うこともできない妹のために……。月々の給金を頼りに、耐え忍んできました」


 ああああぁ……!

 このアイリの肉体、罪悪の貯金箱!

 ルドさんにその仕打ちなら、ほかの人への迷惑も、相当なんじゃないのっ!?


「けれど……。もしいまのお嬢様が、別人格ならば……。わたしは救われます」


「そ、そうなの……?」


「取引しませんか、『新しいお嬢様』? あなたはあの農家の夫と、本来の夫婦。そしてあの黒髪の女は恋敵。わたしはあなたがニセお嬢様であることを黙り、あの夫婦を引き剥がすことへも、惜しみなく助力します」


「……………………」


「その代わり、しばらくこのまま、わたしを雇ってください。わたしはお嬢様の苛烈な暴虐を耐えることを条件に、従者として採用された身。あなたが夫との復縁目的で屋敷を出たりすれば、わたしは失職します。ですので、これまでの主従関係を維持してほしいのです」


 えっと、つまり……。

 ルドさんは、このままアイリの従者として、安定した給料を得たい。

 そして、興貴との復縁にも力を貸してくれる……と。

 もちろんわたしは、ルドさんへ意地悪なんかしない。

 WIN-WINの関係……。

 でも、だけれど……。


「……ルドさんは、それだけでいいの? このアイリの権力を使って、収入とか、ファッションとか、それから、恋愛とか……」


「差し当たってわたし、母と妹の安寧を確立させたいのです。お嬢様の虐待に耐えてきたこの身、すぐに幸せを享受しては、かえって毒というもの」


 うわぁ……家族思いのいい子!

 それに聡明っぽい!

 この世界のことなんにも知らないわたしの、よき協力者になってくれそう!

 こんな取引……断る理由、ないっ!


「……わかったわ、ルドさん。その条件、飲む。飲みます。わたしに力を貸して」


「ありがとうございます。では、まず……」


「まず……?」


「その敬称、やめていただけますか? 使用人に『さん』付けをする家主は、この世界におりませんので」


「あ、ああ……なるほど。周囲に怪しまれるのね? じゃあ…………ルド。これでいい?」


「はい」


 よしっ、契約成立!

 ルドさん……じゃなくってルドは、安定した収入と穏やかな生活が望み!

 わたしはとりあえず、興貴と話し合う機会を作るのが望み!

 そして…………華穂を一度は泣かすっ!

 ギャン泣きさせてやるっ!

 やってやる!

 やってやる…………わっ!


「オーッホッホッホッホッ!」


 ──びくっ!


 ……あ、あら。

 いま勝手に、高笑いが出ちゃった。

 これもオリジナルのアイリの、体の癖かしら……。

 そしてルドも、一瞬びくっとしたけれど……。

 生前のアイリを、思い出させちゃったかしらね。

 ごめんなさい。

 ……でも安心して。

 ルドのことわたし、しっかりケアしてあげるから!

 さあこれで、華穂へのざまぁ返し…………始まるわよっ!

 けれど、まだ引っ掛かりが……。


「……ところで、ルド? どうしてそんな傲慢なアイリが……自殺なんて?」


「恐らく、するつもりなどなかったんです。お嬢様の亡骸のそばには、痛み止めの薬の袋がありました。ほんの小さな傷を作って、周囲の同情を買おうとしたのでしょう。ところがその痛み止めには、幻覚を見る副作用がありました」


「幻覚……」


「重傷者用の劇薬でした。なんらかの幻覚に脅かされたお嬢様は、死に至る自傷をしてしまったのでしょう。どんな些細な痛みも覚えたくないというお嬢様の、いかにもな死に様です」


「わたしが元いた世界にもいたわ。他人を平気で傷つけるくせに、自分のちょっとした痛みには、過剰反応する人……」


「やはり、どこにでもいる人種なのですね。ところで……わたしからも質問です」


「なあに?」


「いまのお嬢様の、本当のお名前は……なんと仰るのでしょう?」


「くすっ……それがねぇ。わたしの名前もアイリ。亜依莉なのよ」


「それは好都合ですね。名前が同じならば思わずのボロも出ず、格段にバレにくくなるでしょう」


「ええ。でもこのままだといずれミスしちゃいそうだから、この世界のこと、このお屋敷のこと、いろいろと教えてちょうだいね。ルド」


「それはもちろん。わたしもときどき、アイリ様の世界のことを、お尋ねしてもよろしいでしょうか? 興味あります」


「ええ、大歓迎よ」


「……では、さっそくですがいくつか。まず、大まかな文明水準ですが、こちら以上でしょうか。それとも────」


 えっ……さ、さっそく~!?

 でも…………ま、いっか。

 元の世界のこと、ときどき口にしておかないと、忘れちゃいそうだもの。

 興貴と華穂は、互いにそれができたでしょうけれど……。

 わたしはルドを頼らせてもらうとしましょう。

 頼もしい味方……できてよかった。

 これで、すべてをまっさらへと戻す道筋が、ちょっと見えてきたわ────。

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