第05話 ざまぁ(※される側)
「……亜依莉さんっ!」
……なんだ、華穂か。
せめて一言、前世の不倫を詫びておこう……っていうのね。
まあ、少しは殊勝なところあるじゃない。
「はぁ……ふぅ……。あ……あの、亜依莉さん……」
「……なぁに?」
「もうお昼ですけど……。おなか、減ってません?」
……はぁ?
お昼?
おなか?
「このパン、わたしの手作りなんですけど……よかったら! 地面に落としちゃって、砂利まみれですけど……はいどうぞ! あはっ♪」
……はああぁああぁああっ!?
砂利まみれのパンですってええぇええっ!?
そんなもの押しつけないでっ!
「……亜依莉さん? 彼、しばらく子作りしないって言ってましたけどぉ……。ここ最近、そのつもりですごく頑張ってたんですよぉ? あたしもう、ママになってるかもしれません。あはははっ♪」
い、いったい……なに?
華穂が勝ち誇ったような薄ら笑いで、わたしを見上げてくる……。
なんなの、この華穂のキャラ変!
こっちに来た三年で…………性格変わったの?
「亜依莉さんもですけど、あたしたちの転生後の体、前よりずっと若いですよねぇ。ですからコーキさん、夜はすっごい激しいんですよぉ? まあ、雨の日なんかは畑に出られませんから、昼もシてますけどねぇ。こっちの世界、娯楽少ないですし~」
「ね、ねえ……華穂? あなた、いったいどうしたの? 以前とはまるで別人みたいよ?」
もしかして、華穂……。
体の元の持ち主と、人格交ざってる?
「まあ、コーキさんもああ言ってましたし、子作りはしばらくやめときますけどぉ。遊びのエッチはしっかりヤらせていただきますので、どうぞよろしく~。それにしても亜依莉さん、領主の娘に転生とは、ツイてませんねぇ~。前世で積んだ徳、小さじ一杯くらいですかぁ?」
「領主の娘なのに……ツイてない? それって……どういう意味?」
「評判悪いですよ~、領主の娘。意地悪で、遊び好きで、プライド激高。ま、だれかさんの転生先には、ちょうどいいボディーだと思いますけどぉ~?」
えっ……なにそれっ!?
初耳情報!
かなりの優良物件に、転生してたつもりだったけれど……。
まさかアイリって、事故物件なのっ!?
「それにしてもぉ……リスカですか~。へえええ~。その噂、巷で広まって、上流階級に届くかもしれませんねぇ?」
くっ……!
華穂ったら……アイリのリスカ、広めて回る気ね!
「そうなるともう、縁談話なんて来ないですよね~? 生涯独身確定~! 子ども部屋おばさんライフ、せいぜい満喫してくださいね~。じゃあ、あたしはこれで~!」
くううぅううぅ……!
子ども部屋おばさん発言、根に持ってたのね……華穂!
あの吊り橋の上から…………三年間もっ!
要するに、いま目の前にいたのは、まごうことなき華穂本人!
あれが華穂の地の性格!
異世界で「スカッとジャパン」する女っ!
「フッ……フフフッ……。ウフフフフ……」
興貴へと駆けていく華穂の後ろ姿を見ながら、澄んだ笑い声が自然と出る。
この体の本来の持ち主……アイリは、きっとこういう笑いを、よくしてたんだわ。
その感覚が、唇、舌、喉に残ってて、絶望と怒りに満ちたわたしを笑わせてる。
上品でサディスティックなアイリの笑い声が、いまのわたしの耳に心地いい──。
「……いいじゃない。そっちがその気なら、こっちも立場を利用して、全力で華穂を潰すわっ! 不倫をしかけてきたの、元はと言えばそっちなんだからっ! そのざまぁ……倍返しよっ!」
***
──夜。
あれから帰宅後、ベッドで横になったまま動けない。
興貴たちが三年早く転生してて、夫婦になっていたこと。
ほんの十日前の、あの吊り橋の出来事。
それまでの夫婦生活、そして、まだ恋人関係だった興貴との日々。
大学卒業後、お互い会社勤めの隙間時間で会い、少しずつ仲を深めて、将来の夢を一つに重ね、数年越しの交際を経て結婚。
それらの映像がぐるぐると、頭の中で回り続ける──。
「はああぁあ~」
わざと声に出す溜め息。
職場の陰湿な上司が、部下をバカにするときの癖。
けれどいまは、それすらマネしたくなるほどの憂鬱さ。
嫌いな上司のムーブさえ懐かしく思えてしまう、この現状……。
「とりあえず……まっさらに戻す…………」
……そう。
わたし的に、一番いいのはそれ。
アイリの権力を使って、無理やりにでも興貴と華穂を引き剥がす。
あの吊り橋の状況に一旦戻してから、あらためて話をする。
でも、華穂の扱いはともかく……。
それをしたところで、興貴がわたしの元へ戻ってくるか、どうか……。
向こうが三年間一緒だというなら、それを引き裂くわたしを、興貴は嫌ってしまうかも────。
──コンッ……コンッ!
「……お嬢様、ルドです。夜分にすみません。お話があるのですが、少々よろしいでしょうか?」
「ルド……さん? ごめんなさい。きょうは一人にしておいて。はあ……」
「そうは言われましても、とても大事な用件ですので。入れてくださらなければ、あなたの魂が別人であることを、家人に伝えます」
「ええっ……!?」
「入ります────」
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