第04話 転生のタイムラグ
「──カホと二人で、手探りで農業を始めてさ。三年目でようやく、一端の農家だ。隣りの畑の爺さんが、あれこれ親切に教えてくれてね」
「……ちょっと待って興貴。いまその『人生の楽園』みたいなエピソードいらない。あなたたち二人、三年前には転生してたの?」
「……あ、ああ。毒キノコ食べて死んだ農家の夫婦に……二人して転生したんだ」
「毒キノコで食べて他界って……。この世界、ずいぶんと野蛮そうね」
「いやその手の食中毒、日本でもよくあったよ。食用のキノコと間違えたとか、ニラとスイセンを間違えたとか」
……ああ。
そういう情報に詳しいの、やっぱり興貴って感じ。
「怠け者の夫婦で、食べ物に困ってにわか知識で毒キノコを食べたんだろうって、近所の人たちが。それをきっかけに人が変わったように働きだした……って言われてるけど、実際変わってるんだよな。ははっ」
「……興貴。わたしが転生したの……十日前よ?」
「えっ?」
「リスカで自殺した領主の娘の体に、十日前転生したの。それからしばらく静養してて、きょう初めて外出したわ」
「十日前……マジか」
「どうしてわたしだけ、そんなに遅れて……」
「うーん……。俺たちの転生に、タイムラグがあったのかもしれないな。相性のいい肉体が見つかるまで、亜依莉は三年かかった……って、とこじゃないか?」
「じゃ、じゃあさ……。夫婦の体に転生したっていう興貴たちは、体の持ち主だった夫婦を演じてるわけ? それともまさか……本当に、夫婦に?」
「ん……まあ、そのまさか……なんだ」
「…………っ!」
「異世界へ放り出されて、それぞれ個人で生きていくなんて到底無理だったから。ここで生きていくために、カホと本物の夫婦になった」
「なに、それ……?」
「ん……?」
「まるで……遅れて転生したわたしが悪いみたいじゃないっ! ふざけないでよっ! いま三人揃ったこの瞬間から、あの吊り橋の続きをやるべきでしょ!? わたしまだ興貴と別れてないっ! 不倫したあなたたちから、納得のいく説明も謝罪も受けてないっ! まずはそこから……でしょっ!」
「亜依莉……」
……黙り込む興貴。
それに体を寄せて怯える華穂。
……………………。
……わかってる。
別の世界で生まれ変わって、あの修羅場の続きやっても無意味。
その上この二人は、もう三年も……夫婦やってる。
わたしが興貴と夫婦した、同じ時間……。
……ううん。
その前から不倫関係にあったこと、突然別世界で生きることになって、日本の社会以上に身を寄せ合ったこと……を考えると、より親密に……。
けれど、そんな簡単には割り切れな…………。
……あっ、そうだわっ!?
「興貴、子どもはっ? あなたたちに子どもはっ?」
「……ない」
ほっ……よかった。
二人に子どもがいたら、もう詰んでるから。
「……知らない世界だ。身動きしやすいよう、子どもは作っていない。別の世界から来た俺たちが、この世界で新しい命を作っていいのかわからないし……。それに、おまえへの引け目もあった」
「だったら……まだやり直せるじゃないっ! わたしたちっ!」
「けど、そろそろいいかな……と、思っていたところだ」
「……はい?」
「三年経った。亜依莉も現れない。だから、そろそろいいよな……って、カホと話してたんだ。その矢先に……こうしておまえが現れた」
「じゃあそれって、わたしが二人の子作りを止めに来たってことじゃない! ギリギリ間に合ったのよ、わたしたち! きょうから……いまからやり直しましょう!」
「…………亜依莉。俺はカホと別れる気はない。そして、おまえとよりを戻す気も、ない」
「……えっ?」
「この世界での三年間は、おまえと過ごした三年間よりずっとずっと濃かったんだ。楽しい意味でも、辛い意味でも。そしてようやく、ゆったりとした暮らしを手に入れたばかりなんだ。それに俺たちは農民で、おまえは上流階級。よりなんて戻せない。おまえももうしばらくここで過ごせば、その格差がわかるさ」
「な……なに言ってるの興貴っ!? わたしは亜依莉で、あなたは興貴よっ!? 体は違ってても、心は変わってないっ! やり直しましょうよっ! ぐすっ……」
やだ……泣きそう!
でもここで泣いたら……ダメ。
泣いたらもう……言葉が出なくなるっ!
「……すまない、亜依莉。俺はその心も変わった。だけどおまえも、じきにわかる。別の世界で元の世界をそのままやり直すのは、到底無理だってことが」
「興貴っ!」
「ともかくまずは、こっちの世界の事情を学んでくれ。その間おまえが心を乱さないよう、俺も子作りは控える。それがいまの俺にできる、唯一のことだ。じゃあ……」
「……待って、興貴!」
「ここでこれ以上話しても、亜依莉が辛くなるだけ。わかってくれ。行こう、カホ」
「興貴ぃ!」
…………っ!?
足が前へ出ないっ、動かないっ!
興貴の言うとおり、いまここで追っても、わたしが辛くなるだけ……。
体が……それを知ってる。
興貴が華穂の背中へ手を添えて、去るのを促してる。
二人が並んで、わたしから遠ざかっていく姿……見るのはキツイ。
でも、しばらく子作りしないって、興貴も約束してくれた……。
きょうはひとまず…………帰ろう。
わたしもこのまま、二人へ背を見せよう。
追いすがらないのが、わたしのせめてもの意地……。
──タッタッタッタッ……。
……足音っ?
足音が、わたしを追ってきてる!
興貴、考え直してくれたのねっ────。
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