第03話 再会

 ──アイリの父親から、外出許可が出た。

 ルドさんがお目付け役で、郊外の道を馬車で一周り……だけれど。

 馬車の窓の外には、林と畑が交互に流れていく。

 農家の建物と、畑で働く人の服装は、古き西洋って感じ。

 暗い色のベストとロングパンツの組み合わせの男性に、スカーフ、つぎはぎが目立つ厚手の長袖、そして華のないロングスカートの女性。

 ひたすら機能性重視の格好。

 それ以外は、日本の地方とあまり違いなさそう。

 空は青くて、雲は白いのも同じ。

 あの空が、まで繋がってそうに思えるほどに、同じ。

 お父さん、お母さん、いまごろ悲しんでるだろうなぁ。


『わたし、ちゃんと生きてるよ』


 ……の一言だけでも、伝えられたらなぁ。

 でもわたしの体、とっくに焼却されてるよね。

 それともまだ、発見されてなかったり……。

 ……スマホで位置追えるから、それはないか。

 まあ、このの両親が娘を失わずにすんだのが、せめてもの救い。

 あと、興貴との間に子どもがいなかったの……不幸中の幸い、だったかも。

 幼いうちに両親があんな死にかたしたら、どれほどの傷を心に負わせたか……。

 あーっ…………どうしてわたし、あんな吊り橋で華穂を問い詰めたんだろう!

 タクシーの中じゃ、「逃げ場をなくせる」「プレッシャーを与えられる」っていう完璧な作戦のつもりだったけれど、いま思えば危ないしかない。

 完全に頭に血が上ってた……はぁ。

 でもそうさせたのは、華穂。

 そして……興貴。


「……お嬢様、ご気分はいかがですか?」


「えっ? あっ、いいですよ。まあ、普通です」


「そうですか。では、もう少し走りますか?」


「ええ、お願いします」


 ……ぶっちゃけ、気分はいまいち。

 まず馬車って、乗り心地がかなり悪い。

 黒塗りテカテカの屋根付き本体(?)はいかにも高級そうだし、赤い絨毯と白いクッションはふかふか。

 赤っぽい毛のウマ二頭も、スマートながらたくましい体つき。

 けれど……すごい揺れる。

 道はでこぼこで、車体は上下に跳ねっぱなし。

 窓を開ければ土埃とウマの抜け毛が、ぶわっと。

 二万円かけて山の中腹まで乗ったあのタクシーの乗り心地が、もう懐かしい。

 きっとこのアイリの身分なら、二万円なんてはした金なんだろうけど……。

 それでもこのアスファルト舗装のないでこぼこ道を、車輪がガタガタうるさい馬車で移動しなくちゃいけない。

 ここはそういう世界なんだわ……ふう。


「……ごめんなさい、ルドさん。止めてもらっていいですか? 降りてちょっと休みたいです」


「わかりました」


 ルドさんが、車内にあるベルの引き金(?)を引いた。


 ──チンッ!


 すぐに馬車が、徐々に減速。

 道を外れて、雑草生い茂る空き地へと寄っていく……。

 ……なるほど。

 いまのは日本で言うところの、バスの降車ボタン。

 なにもかもが違う世界、というわけでもないのね。


「……ふう」


 体の揺れが収まって、ほっと一息。

 運転手さんが外からドアを開けて、ステップ用の木箱を足元へ置いてくれる。


「あ、ありがとうございます」


 慣れないことだから、声上ずっちゃった。

 本来のアイリは、当然と受け止めて無言で降りてたのかしら?

 もし中身が偽物だとバレたら、この世界では……ギロチンで斬首?

 それとも首吊り?

 せっかく助かったんだから、せめてそこそこ生きたい。

 興貴も探したいし。

 本物オリジナルのアイリのこと、ルドさんからちょっとずつ聞き出していかなきゃ。


「うーん…………すうううぅ……!」


 両手を上げて、大きく伸びをしながら深呼吸。

 特に空気が美味しいとか、そういう感じはないかな……普通。

 文明が古いからって、特別空気がきれいとか、そういうのはないみたい。

 さすがに地球温暖化は始まってないだろうけど……。

 ……っていうかここ、地球?


「……あらっ?」


 アハッ、わたしと同じタイミングで背伸びしてる人がいる。

 農家のおじ……いや、おにいさんかな。

 後ろ姿だからわからないけど、がっしりした体格で、全身の関節伸び切ってる。

 背丈は一八〇センチ手前ほど……興貴くらいかな。

 髪が薄いブラウンなのを除けば、興貴によく似て──。


「……ええっ!?」


 背伸びのあとに、右手を肩側から、左手を腰側から背中で繋げる動作……!

 あれって興貴の癖っ!

 まさかあの人……わたしみたいに興貴が転生してるっ!?


「こ……興貴っ! 興貴よねっ!?」


 足が勝手に、畑の中にいる男へと駆ける。

 なにかの野菜の葉っぱの並びに、膝から下を隠してる彼目指して。

 男の広い背中へ近づいていくほどに、直感が確信へと変わる。

 大学の学食で目をつけたときから──。

 デート中に──。

 無理やり登山につき合わされて、軽い足取りで先を行く彼を追いながら──。

 お風呂で──。

 エッチのとき──。

 何度何度も見た背中っ!

 後ろ姿の、手や足の動きっ!

 あれは絶対……興貴っ!


「興貴っ! 興貴なんでしょ!?」


 広い畑の中ほどにいる彼には、わき道を走るわたしの声は届かない──。

 別の畑へ向かうのか、彼の背がだんだん小さくなっていく。

 離れていく。

 待って!

 待って待って、行かないでっ!


「興貴ーっ! 青島興貴ーっ!」


 この世界にはまずないはずの、日本人のフルネーム。

 やけくそ気味に、声を裏返らせながら叫ぶ。

 その叫びでようやく、彼の足が止まった。

 振り向いて……くれた。


「……亜依莉…………か?」


 肩越しに見える顔はわたしと同じで、欧米風の目鼻立ち。

 瞳は濃紺。

 けれど目尻や口元に、しっかり興貴の面影。

 なによりわたしの名前を、いつものイントネーションで呼んでくれた!

 あなたも……ここへ転生していたのねっ!


「興貴っ!」


 ああ、顔が緩む。

 そして目尻と喉の奥が熱い。

 興貴も生まれ変わっていた、そして出会えた。

 死の間際にはいろいろあったけれど、ひとまずそれは忘れて、いまはそばへ──。


 ──どさっ!


「コーキさん、そろそろお昼にしま…………えっ!?」


 右手の低い位置から聞こえてきた、女の声。

 そして、なにかが地へ落ちる音。

 地面には風呂敷みたいな布が広がり、その中からは歪な形のパンがいくつか、ころころと転がり出た。

 イヤな予感を覚えながら、パンから視線を上げていく。

 この世で……ううん、世においても一番見たくない顔が、そこにはあった。


「…………華穂」


「ま、まさか……。亜依莉……さん?」


 道中見てきた農作業用の格好、それに身を包んだ小柄な女。

 ……華穂。

 丸顔で、童顔で、髪の色はわずかに茶色みが混ざった黒。

 それと同じ色をした、つぶらな瞳。

 華穂、生きてたんだ。

 華穂までこの世界へ……転生してたんだ。

 それも、かなり本人に近い容姿。

 あの吊り橋での出来事が、ついさっきのように思い浮かぶ。

 宙へ放り出された感覚が全身に蘇って、足の裏に冷たい汗がびっしょり湧いた。

 目尻が速攻で乾いて、喉からは乱れた声が飛び出した──。


「ど、どうしてあなたが……。興貴と一緒に、いるのよ……」


「あっ、え……ええと。それは……その……」


 ……出た。

 華穂の俯きながらの「あの」「その」「えっと」。

 この煮え切れないムーブ、怯えた小動物のような反応は、まさしく華穂。

 わたしたちが死んだあの日に見た、華穂のボブカットのつむじを、まさか異世界でも見るなんてっ!


「……カホ、俺が話すよ」


「コーキ……」


 葉っぱを掻き分けてやってきた興貴が、華穂の隣りに並んだ。

 イヤな予感がする。

 死ぬほどイヤな予感がする──。


「……亜依莉、まずは生きててよかった。また会えてよかった。その身なり……いいところのお嬢様に転生したようだな」


「ええ……。領主の娘、ですって」


「領主……の娘か。なに不自由なく暮らせる身分で、安心したよ」


「興貴は……農家?」


「ああ、見てのとおりな。カホと一緒に頑張ってる」


「…………ごくっ」


「俺たち、その…………結婚したんだ。もう三年になるかな」


 ギャアアアァーッ!

 やっぱり……やっぱりそうなのねっ!

 わたしも三年間興貴の妻やってたからわかるもんっ!

 二人の間に、夫婦の空気感あるのが…………。

 ……………………。

 ……えっ?

 三……年……?

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