第3話(前半) ラブレター・プレデター……?

 七月七日、七夕。


 予報によると、今日の夕方から明日にかけて曇りが続くらしい。


 そもそも、七夕に晴れる確率は二十六パーセント前後なのだそうだ。年に一度会うことが許されている織姫と彦星が雲の向こうでイチャラブしているのを、天気の神様が気を使って隠しているのだろう。


 そんなことを思いつつ、咲人は学食へ向かっていた。途中、上機嫌な千影と一緒になって、二人で学食へ向かう。こちらは晴れ渡った星空のような顔をしていた。


「なにか良いことでもあったの?」

「はい! 昨日のことを思い出すと嬉しくって。昨日、咲人くんから『お前のことを守ってやるぜ』と言われましたので!」

「あ、うん……そうは言ってない。どうして俺をワイルド系にしたがるの?」


 そういった理想の彼氏像でもあるのか、脳内補正がかかっているのかはわからないが、自分の言動が一・五倍くらい誇張されるのなら、これから先の言動を改めなければならないと咲人は思った。


「ところで、光莉は今日も追いかけられてるのかな?」

「LIMEはまだ既読がつきませんね……大丈夫かな、ひーちゃん……」


 と、そんなことを話しながら階段を下り、一階の踊り場までやってくると——


「——あ、咲人くん、ちーちゃん!」


 今来た階段を、光莉が猛ダッシュで下りてきた。


「光莉、今日も東野さんに追いかけ……おわっ——」


 咲人と千影は唐突にグイッと腕を引っ張られる。


「ちょっ、ひーちゃん……⁉」

「話はあと! とにかく今は一緒に逃げてほしいなっ!」


 まるで映画のワンシーンのようなセリフだが——


「なんで俺と千影まで⁉ ちょっ、光莉ーっ! ……——」



       * * *



 光莉に引きずられるようにして連れてこられたのは、教室棟と部室棟を繋ぐ渡り廊下だった。休み時間は人気がなく、身を隠すにはうってつけの場所ではあるが——


「だから、なんで俺と千影まで……」


 ハァハァと息を切らしてる光莉に多少の不満をぶつける。


「最近、お昼休みは三人でいられなかったから」

「まあ、そうだけど……」


 突然巻き込まれた上に学食とはまったく反対側に来てしまった。ここから一番近いのは購買だが、さてこれからどうしようと悩む。


「ひーちゃん……いい加減逃げないで、きちんと東野さんと話したら?」

「だって、うちの話はぜんぜん聞いてくれないし……」

「うーん……猪突猛進な千影タイプなら、腰を据えて話したほうがいいかもなぁ……」

「そうそう、じっくりと話して……咲人くん、今なにか気になる発言があったんですが?」

「腹減ったなぁって……」


 苦笑いで誤魔化したが、千影は眉根を寄せてプクッと頬を膨らませる。


「とにかく、逃げても解決しない問題だろうし、俺があいだに入ろうか?」

「それは嬉しいけど、話を聞いてくれるかな?」

「向こうに聞く気がないなら、退部届を出せばいいんじゃないか?」

「それも考えたんだけど……」


 と、暗い表情を浮かべた。


 光莉は過去に対人関係で悩んだ末、学校を休みがちになった経験がある。だから彼女の相談に乗る場合は、光莉の周囲の人間関係にも注意を払わないといけない。


 そのことを考えず、安易に退部届の話をしてしまったのは失敗だったか。東野和香奈がクラスメイトなら、辞めたあとのことも考えなければならないのに。


「でも、そうだね……今日の放課後、ついでに職員室でもらってくるよ」


 光莉が笑顔を浮かべたので、ほっとした咲人だったが——


「……ん? ついでって?」

「担任に呼ばれてて……。しばらく学校を休んでたから、補習を受けなきゃダメなんだって。中間テスト受けなかったし……」


 光莉はこのあいだの実力テストで三教科満点だった。

 そんな彼女にとっては必要のなさそうな補習だが、いちおう今度の期末テストと加味して一学期の成績をつけてくれるそうなので、受けておいたほうがいいだろう。


「あ、じつは私も今日の放課後は監査委員の会議がありまして……」

「じゃあ、千影も放課後は時間がかかりそう?」

「はい。一時間ぐらいでしょうか」

「うちもそれくらい。咲人くんは先に帰っちゃうのかな?」

「いや、二人が用事を済ませるまでどこかで待ってるよ」


 あまり考えずにそう言うと、双子姉妹の表情がパーッと明るくなった。


「咲人くんのそういうところ——」

「——うちらは大好きだよ♪」

「え? え? なんで?」


 戸惑いつつ、なんだか照れくさくなった咲人は二人から顔を逸らした。

 が、その視線の先に、キョロキョロとあたりを見回している人物が目に入った――


「っ⁉ ……あれ、東野さんだ」

「どうしよう⁉ こっちに来そうだよ⁉ 部室棟に行く⁉」


 慌てた調子で光莉が言うと、咲人と千影はニコニコと穏やかな表情で右手を振った。


「「さようなら」」

「薄情者掛ける二ぃーーーっ!」


 それは冗談だとして。光莉はかなり狼狽えているが、ここは一緒に部室棟に逃げるべきだろうか。しかし、それだと購買も学食も遠ざかってしまう。


 そのとき、ふと大きな掃除ロッカーが目に留まった——


「——あれ〜? たしかこっちのほうに来たはずなんだけど……」


 東野和香奈はキョロキョロと辺りを見回しながら、先ほどまで咲人たちがいた場所にやってきた。


「おかしいな……部室棟のほうに行ったのかなぁ……」


 立ち止まって考えている和香奈のそば、大きな掃除ロッカーの中では——



(——完全に失敗したぁあああーーー……)


 と、咲人はすっかり後悔していた。


 光莉と千影を連れて掃除ロッカーの中に入ったはいいが、予想以上にサンドイッチだったのである。つまりなにが起こっているかと言うと——


「せ、狭い、暗いよぉ……なんで私まで……」

「シィー……ちーちゃん、声を出しちゃダメだよー」

「二人とも、動いたらダメだって……!」


 蒸し暑さのこもる薄暗がりの中、三人は密着状態にあった。


「ひゃ……⁉ さ、咲人くん、今……⁉」

「い、今のは光莉が押してきたからで……」

「えへへへ〜、えいえい♪ さっきうちを見捨てようとした罰だよ♪」

「ひゃっ! 今度は……あ、ちょ、そこはダメ……!」

「俺じゃない……! 光莉、ふざけたらダメだって……!」


 咲人を挟んで、双子姉妹がムギュギュと胸を押し当てる状況ができていたのである。


 後ろに身を引けば千影に、前に行けば光莉に密着してしまうこの状況——。


 直立不動でやりすごそうとしていた咲人だったが、考えが甘かった。


 光莉がわざと胸を押し当ててくる。そこで下がれば千影の胸が背中に当たる。おまけに二人の髪からは得も言われぬフローラルな香りがするので、ここが掃除ロッカーの中だということさえ忘れてしまいそうになる。


 それにしても、いったい誰のためにこうして一緒に隠れたのかわからない。

 どうして光莉はこの状況で悪ふざけができるのだろうか。そもそも、光莉だけロッカーに押し込めば良かったのではないか。この状態で誰かに見つかりでもしたら、変な噂が出回ってしまうのではないか——。


 つまり、すっかり自分で自分を追い込んでしまったあとの『完全に失敗した』だった。

 咲人がそんな柔らかさのサンドイッチ状態になっている中——


「——え? 今、このロッカー動かなかった……?」


 和香奈はギョッとしながらロッカーを見つめた。なんだか怪しい。恐る恐るロッカーに近づいていき、取っ手に手をかけると――



「——和香奈、どうしたの?」



 急に後ろから和香奈に声をかける者がいた。


「あ、真鳥先輩……」


 ——二年生の高坂真鳥。


 和香奈の所属する新聞部の副部長を務めている彼女は、すらりと背が高く、長い髪を一本括りにしている。一見して陸上部にでもいそうなはつらつとした雰囲気だが、彼女の手には自前の一眼レフカメラがあった。


「今から部室に行くんですか?」

「ああ。ちょっと野暮用で。和香奈、一緒に部室行かね?」

「まあ、いいですけど」

「じつは和香奈に相談したいことがあってさぁ」

「またいつものロクでもないことじゃないですよね……」

「ひっどぉ! 私はね、こう見えて後輩には優しいの。だいたいあんたは、……——」



 と、和香奈は真鳥に連れられて行ってしまったのだった——



「「「…………」」」



 ロッカーの中にいた三人は、二つの足音が消えるのを静かに待った。

 そうして、ようやく音がしなくなったころ、三人は静かに扉を開けて外に出た。



「ぷはぁー……暑かった〜……汗でベタベタするねー……」

「もう、ひーちゃん! どさくさに紛れてなんてことするの⁉」

「えへへへ、ドキドキした?」

「するよ、フツーにっ! というか私のお尻触ったでしょ⁉」

「ごめん、それは俺かも……」

「んーと……ならよし! ひーちゃん、ああいうおふざけはダメだからね⁉」



 あ、俺はいいんだ——と、咲人は呆れながら千影を見た。


「ん〜、でもさー、ドキドキしたらなんだかお腹が減っちゃったね? ——てことで、学食にレッツ・ゴー!」

「あっ、待ちなさいっ! ひーちゃん!」


 千影に怒られる前に光莉がまた駆け出した。

 その様子を見ながら、掃除ロッカーはもうこりごりだと思う咲人であった。



 ——して。

 事件が起きたのは、その日の放課後のことである——


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次回更新は 2月2日(金)!


ついに新聞部の東野さんから、咲人に直接接触……!?

って、え!? なんで、脱ぎ始めてるの!?




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