第3話(後半) ラブレター・プレデター……?

 終業のチャイムが鳴り、教室から出ていく生徒たちに混じって咲人も廊下に出た。


(2人の用事が終わるまで本屋に行って待つか……)


 そうして、昇降口で靴を履き替えようとしたところ——


(……ん? なんだこれ?)


 下足に履き替えようと下駄箱の扉を開けると、咲人はそれを見つけた。


 揃えられた上履きの上に置いてあったのは一通の封筒。手に取ってみると、多少幼い感じの可愛らしい封筒に、丸っこい文字で『高屋敷咲人くんへ』とあった。


 ——記憶を辿ってみる。


 千影は習字をやっていたのか、多少丸みを帯びているが、しっかりとした楷書体だ。どちらかと言えば光莉の文字に近いが、止め、撥ね、払いの癖は彼女のものとは一致しない。


(じゃあ、誰からだ……?)


 裏返してみると、ハートのシールで封がされているのみで、差出人の名前はない。

 これは、もしかするとラブレターというものかもしれないが——


(だとすると、かなりリスキーだよなぁ……)


 SNSで拡散されたり、廊下の掲示板に貼られたりという可能性を鑑みれば、かなりリスキーな行為ではある。もちろんそんなことをするつもりはないが、とりあえず中身は確かめておくことにした。


 ハートのシールを剥がし、中から二つ折りになった便箋を取り出す。


 するとそこには、


『今日の放課後、部室棟の裏に来てください。』


 とあった。


 やはり差出人の名前は書かれておらず、どういう意図をもって呼び出そうとしているのかはわからない。差出人は、自分を呼び出して告白でもする気なのだろうか——



『私ね、ずっと前から咲人のことが好きだったの……』



 中学時代の、草薙柚月のか細い声が、耳の奥でした気がした。


(それにしたって急過ぎるな……)


 まさに今だろう、『今日の放課後』とは——。


 差出人は今、部室棟の裏で待っているのだろうか。光莉と千影という彼女がいる以上、行かないという選択肢もある。

 けれど、そうなると差出人は延々と下校時間まで待ち続けるかもしれない。


(悪戯だったらいいんだけど、本気だったら……)


 気乗りしない咲人だったが、いろいろ悩んだ末、部室棟の裏へ向かった。


       * * *


 部室棟の裏までやってくると、果たして、少女の後ろ姿が見えた。

 咲人は気を引き締めて、どこかで見覚えのあるツインテールに近づいていく。

 咲人の足音に気づいた少女は、恐る恐る後ろを振り向いたのだが——



「高屋敷くん、来てくれてありがとう。五組の東野和香奈です……」



 待っていたのは、光莉を追いかけ回していた少女だった。


 驚くと同時に疑問符が浮かぶ。

 まったく話したこともない相手だし、彼女から呼び出された理由がわからない。


 その和香奈の頬はここに来たときからずっと紅潮したまま。

 膝と膝を擦るように、不安そうに、もじもじと落ち着かない様子で立っている。


 やはり告白か。いや、トイレを我慢しているのか。いやいや、光莉のことで呼び出したのだろうか。いやいやいや、それとも——


 考えても仕方がない。


 とりあえず出方を窺うとして、咲人は薄い笑顔を浮かべた。


「……それで、東野さんは俺にどんな用かな?」

「うん……高屋敷くんは、今付き合ってる子、いる?」

「いや——(付き合っている『子たち』ならいる。)」

「でも、宇佐見さんたちとは仲が良いよね?」

「まあ——(なにせ付き合っているんだから。)」

「宇佐見さんたちのどちらかと付き合いたいと思う?」

「いいや——(どちらとも付き合いたいし、現に付き合っている。)」


 ほっとしたように和香奈は息を吐いた。


 咲人は、なかなか苦しい誤魔化しだなと思いつつ、一方で、胸中は穏やかではない。おおよそ、彼女に呼び出された意図を察したからだ。


 こうして見ると、可愛い人だと思う。

 先日会った彩花ほどではないが、和香奈も肩幅が狭く、華奢で、恥ずかしがり屋。彼女のどこに光莉を追い回すほどの胆力があるのか、今さらながら不思議に思う。


 そんな和香奈は「ふぅ」と大きく息を吐くと、なにかを決心した表情を浮かべる。


「じゃあ問題ないか……」

「問題ないって……?」

「……これからすること——」


 和香奈は若干恥ずかしがりながら、そっと首元のリボンに手をかけた。

 そこでいったん手が震えて止まったが、恐る恐るリボンを取り、そしてワイシャツのボタンに手をかけた。わずかに間を置いて、一つ目、二つ目とボタンを外していく。


 そうして三つ目のボタンが外されると、やけに大人っぽい、黒いレースがあしらわれたピンクのブラジャーが露わになった。やはり光莉や千影ほど豊かではないが、むしろ小さくて形のいい双丘が——うん。


 いろいろまとめると、おっぱいである。


「って、いきなりなにしてんだっ……⁉」


 と、咲人は慌てて目を逸らした。


「む、むしろよく今まで黙って見てられたわねっ……⁉」

「すまん! 俺も男子の端くれなんだ! それはそうと恥ずかしくないのか⁉」

「は、恥ずかしいに決まってるじゃないっ……!」

「じゃあなぜ脱ぐっ⁉」

「こ、これしか方法がないのっ! 大義のためなのーーーっ!」


 おっぱいを見せることにどんな大義があるというのだろうか。


 光莉を追い回していたときは、「ちょっとアレな子かな?」と思っていたが、これはガチでヤバい人なのかもしれない。


 咲人は混乱しながら後退りするが、真っ赤な顔の和香奈がどんどん近づいてくる。

 するとガシッと左手首を握られ、思っていたよりも強い力でグイッと彼女の胸元へと引き寄せられた。


「さあどうぞ! お好きにっ……!」

「すまん! 俺は右利きなんだっ!」

「この状況で利き手は関係ないでしょうがっ!」


 関係ないこともないが、問題はそこではない。


 このことが光莉や千影にバレて、浮気だなんだという問題に発展してしまったら、それこそ一大事。いまだに和香奈がどうしてこんな真似をするのかも理解できなくて怖い。


 彼女の言う大義とはいったい——いや、そんなことよりも。


「ストップストップ! やめよう、こんなことはっ!」


 なにがともあれ、咲人は左手を引く。


「そこをなんとか! お願い!」


 と、和香奈も引かない。グイッとまた胸元に手を引き寄せる。


「どうしてそこまでっ⁉ なんのためにっ⁉」

「これも、我ら新聞部のため……!」

「ストーーー…………——ん? 新聞部?」

「こうなったら〜……——東野和香奈、出ますっ!」


 いつの間に発進準備が完了したのか、和香奈は咲人の手を引き寄せるのをやめ、ズイッと勢いよく前に出た。引っ張ってダメなら押し付けろ。その覚悟の一歩は——


「ごめんっ!」


 ——届かない。


 それどころか、咲人は掴まれている左手首を返し、和香奈の手首を掴むと、次いで右手をかけ、両手でグイッと彼女の腕ごと地面に向かって押さえつけたのだ。


 これは合気道の「小手返し」という技。護身術として習うものでもある。


 そうして和香奈の腕を捻り上げたまま、咲人は彼女の後ろ側に回った。刑事に追い詰められた犯人が、いよいよ人質をとったときに見せるアレである。


「あいたたたたっ⁉ ちょっとなにすんのっ⁉」

「それはこっちのセリフだ! ——出てこい! いるんだろっ!」


 咲人は和香奈を制圧した状態で周囲に向かって叫んだ。

 すると、奥の茂みがカサカサと動き、



「——チッ……あとちょっとだったのに……」



 面白くなさそうに出てきたのは、一眼レフカメラを手にした一本括りの少女。

 一年では見ない顔なので、おそらく上級生——新聞部の誰かだろう。


「……あなたは?」

「二年の高坂真鳥だよ……」

「真鳥先輩っ……⁉ ごめんなさい、私……」

「いいって。——高屋敷咲人、和香奈を離してやってくれ。その代わりに……私になんでもしていいからっ!」


 と、真鳥は悔しそうに奥歯を噛む。


 一方の咲人は己の心に素直に従うことにした。


「あなたにはなんの興味もありません! すみませんがほんと無理です!」

「ひでぇな⁉ 私だってそこそこイケてるほうだろうがっ! 謝るなよっ!」


 こっぴどく拒否されて真鳥はショックを受ける。

 たしかに、イケてなくは……ないないない。


「さあ、そちらのカメラと交換です。地面に置いて下がってください。早く!」


 真鳥はまた悔しそうに「くっ」と声を上げる。

 やはり、今までの和香奈とのやりとりを撮っていたのだろう。


「チッ……人質を取るとは卑怯だね……」

「そっちが先に俺をハメようとしたんでしょう? ——さあ、早く!」


 そこから膠着が続くかと思われたが、



「違うの……真鳥先輩は悪くないの……!」



 と、和香奈がさも悲劇のヒロインのように肩を震わせながら言う。


「私が真鳥先輩にあそこから撮るように言ったの……! ごめんなさい!」

「……仲間を庇っても無駄だよ? お涙ちょうだいだとか、俺にはそういうのいっさい通用しないからね?」

「ひえっ⁉ 悪役のセリフだっ……⁉」

「で、本当は誰が首謀者なの?」

「真鳥先輩!」

「和香奈っ⁉ おまっ……裏切る気かっ⁉」


 第三者から見て、もはやなにが正義でなにが悪かわからない状態に陥った。

 やがて真鳥はいよいよ諦めたのか、カメラをぶら下げていた首紐を外す。この必死な表情は、後輩を守りたいという意思の表れだろうか。


「わかった、カメラを渡す……だから、その子を離してやってほしい! さっきから和香奈のちっぱいが……じゃなかった、おっぱいが丸出しなんだ! 頼む!」

「わかりました。俺もこの不憫なおっぱいが……じゃなくて、この格好の彼女が不憫なので、ここは交換といきましょう」


 と、咲人も真顔で返す。


「……あんたら、私のおっぱいをディスるなよ。あるよ、それなりにぃー……」


 不服そうな和香奈の腕を掴んだまま、咲人は警戒しながら向かう。


 真鳥は地面にゆっくりとカメラを置き、三歩、四歩と下がった。

 咲人はカメラに近づいていき、和香奈の腕を放すと同時にカメラを拾い上げる。

 途端に和香奈は「真鳥先輩!」と言いながら真鳥に駆け寄った。


「それじゃあ、カメラのデータは消させてもらいます」


 すると真鳥はニヤリと笑った。


「ひーっかかった、ひーっかかった! スマホで動画も撮ってたんだよーーーん!」


 と、胸ポケットからスマホを取り出し、勝ち誇ったように笑った。


 これにはさすがの咲人もイラッとする。


「さすがです、真鳥先輩……!」

「いやぁ〜、よくやった、和香奈! てことで、学年一位の高屋敷咲人のスキャンダルゲットーッ! この動画を拡散されたくなかったら……——あの、なにしてるの?」


 咲人は光のない目で地面を見つめ、手にしたカメラを大きく振り上げていた。


「わぁーーーっ! ちょっ、ちょっと待ったぁーーーっ! それめっちゃ高くて、めっちゃバイトして買った私の大事な大事なKANONちゃんでっ……!」

「……で? だからなんです?」

「お願いします、壊さないでください! 和香奈のことは好きにしていいんでっ!」

「真鳥先輩⁉ サイテーッ! ——高屋敷くん、好きにするなら真鳥先輩をっ……!」

「先輩を売る気かっ⁉ ——高屋敷、和香奈は今が食べごろだぞっ!」


 救いようがない。

 なんと……なんと醜いのだろうか。


 この世の醜悪をかき集めて濃縮還元した百パーセントの人間がこの人たちなのだと咲人は思いつつ、


(なるほど、これが新聞部か……)


 と、すべて合点がいった。


「じゃ、せーので行くので大事なKANONちゃんにお別れを。——せーの……」


「お願いだからそれだけはやめてくれぇえええーーーーーーっ!」


 校舎裏に断末魔のような真鳥の叫びが響き渡った。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


1巻発売直後から連続重版! 「アライブ+」でコミカライズも決定!


「双子まとめて『カノジョ』にしない?」

2巻は2月20日発売!


予約はこちらから。

http://amzn.to/3veL75h


2巻ゲーマーズ & メロンブックス

タペストリー付き特別限定版も予約スタート!!


ゲーマーズ (千影)

https://bit.ly/42bGLIn

メロンブックス (光莉)

https://bit.ly/48JjsZ6


公式Xでも連載中!

https://twitter.com/jitsuimo


特設サイトはこちら。

https://fantasiabunko.jp/special/202311futago/


------------------------


今週末の日曜日は、更新お休みです。

次回の更新は 2月日6日(火)!


スキャンダルを狙う女子2人を、新聞部部室で尋問する咲人!

そんなとき……まさかの宇佐見姉妹もやってきて!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る