第1話(前半) 様子がおかしい……?

 七月の初め、学校帰りに駅前のカフェに寄った折、夏休みの話題になった。


「せっかくの夏休みですから、課題を早く終わらせたいですね〜」

「そう? うちは夏休み終盤まで溜めて溜めて一気にやるタイプだから」


 と、咲人の正面で、千影と光莉が楽しそうに話している。


「そんなこと言って、今年からは絶対に手伝わないよ?」

「えぇ〜、いけず〜……あ、でも、咲人くんが手伝ってくれるなら大丈夫かな♪」

「なんですとっ⁉ ——咲人くん! ひーちゃんを甘やかしちゃダメですよ!」


 宇佐見家の夏休み終盤が容易に想像できて、思わず咲人は苦笑した。


有栖山学院うちって夏休みの課題多そうだから、早めに手をつけておいたほうがいいかもしれないね?」

「たしかに、課題漬けの夏休みになっちゃいそうですね〜……」

「じゃあさ、三人で勉強会したいな〜。早めに終わらせていっぱい遊びたいし」

「賛成! 咲人くんも……——咲人くん?」


 咲人は窓の外をちらちらと窺っていた。

 窓ガラスの向こうには行き交う人々が見えるのだが——


「さっきからそわそわしてどうしたのかな?」

「なにか気になることでも?」

「……え?」


 キョトン顔の二人を見て、咲人は「いや」と慌てて微笑を浮かべる。


「髪形ならいつも通りカッコいいですよ?」

「あ、うん……窓ガラスに映ってる自分の髪形を気にするほど、俺は自意識過剰なタイプじゃないよ……」


 呆れながら千影に返した咲人だが、やはり窓の外に意識が向かった。


 ここ最近、誰かの視線を感じる。

 実力テストで一位をとったあたりからか。誰かにつけられていると感じたり、視線を感じたりすることが多くなった。


 これがただの気のせいならいいのだが、どうにも落ち着かない。

 自分から目立つことをしたのにもかかわらず、周囲を気にしてしまうのは、やはり自意識過剰かもしれないが——。


 そうして外を気にしているうちに、いつの間にか話題は次へ移り変わっていた。


「あとさ、三人で旅行に行かない? 二泊三日くらいでどうかな?」

「三人で旅行……ってことは……⁉」


 千影は急に顔を赤くした。


「咲人くん、うちの提案どうかな?」

「旅行か……泊りがけにする理由は?」


 訊き返すと、光莉は楽しそうに喋りだす。


「せっかくなら周りの目を気にしないで遊べるところに行けたらいいなって。それに、時間の余裕があったほうが三人でいっぱい楽しめるんじゃないかな?」

「なるほど……」


 納得しかけたところで、ふと千影のほうを向く。


「お泊まり……三人で、いっぱい……ということはつまり、いっぱい三人で……——」


 と、真っ赤になりながら呪文を唱えるようにブツブツと呟いていて、咲人は思わず「うっ」となった。いつものアレ、妄想モードに突入している。

 おそらく内容は——おおよそ見当はつくが、咲人は呆れた顔だけして口には出さない。


 代わりに、光莉がニヤニヤとしながら千影を見た。


「ちーちゃん、どんな妄想をしてるのかなー?」


 千影ははっとなって慌てふためいた。


「も、妄想なんてしてないもん! 私、そんなやらしー子じゃないし! してないもん、そんなエッチな妄想なんかっ!」


 誰も「やらしー」だとか「エッチな」などと言っていない。

 いや、してるよね? ——と、咲人は心の中でツッコミを入れておいた。


       * * *


(最後に旅行したのはいつだっけ——)

 

 三人で店を出たあと、咲人はふとそんなことを思った。


 思い返してみると、中三の五月、修学旅行で京都・大阪・奈良に行ったのが最後だった。


 そのときはまだ『ロボット』で、ただスケジュール通りに周りに合わせて動いただけ。なんの思い入れもなく、印象も薄く、ただ行って帰ってきた——というのが、咲人にとっての修学旅行だった。


 しかし、光莉が提案した二泊三日の旅行については、なんだか楽しそうだと感じる。


 彼女と——いや『彼女たち』と行く旅行はいったいどういうものになるのだろう。

 きっと楽しいものになるのだろうが、その前に一つ、懸念があった。


「さっきの話の続きなんだけど、旅行に行けるかは、母さんと叔母さんに話してみないとわからないな」

「叔母さん? ……あ、そっか。咲人くんは今叔母さんの家に住んでいるんでしたね?」


 右隣を歩く千影が思い出したように言う。


「うん。とりあえず叔母さんに話してみるよ。いちおう母さんにも——」


 とはいえ、さすがに彼女(しかも二人)と旅行に行くと言ったら、心配性の叔母には許可してもらえないだろう。女の子二人と伝えるのもどうか——。

 身内を騙すのは気が引けるけれど、ここは男友達と伝えたほうがいいのかもしれない。


 母は——案外簡単に了承してもらえるかもしれない。


 自分に対して絶大な理解力を示す母は、馬鹿な真似はしないだろうと信頼してくれていて、なんでもしたいようにさせてくれる。なにかあれば責任をとるのは親というスタンスで、いつも「やりたいようにやりなさい」と言ってくれるのだ。


「咲人くんがオッケーなら、あとはうちらがパパとママに許可をもらうだけだね?」


 左隣を歩く光莉が笑顔を弾ませる。

 千影のほうは少し悩んでいる様子だ。


「ひーちゃん、パパたちに彼氏さんと行くって正直に言っちゃう?」

「うーん……それでも問題なさそうだけど、いちおう友達って言ったほうがいいかな?」


 と、光莉は口元に右手の人差し指をつけて空を見上げた。

 親にどう伝えたらいいのか——


《三人で付き合っていることは秘密にすること》


 このルールの縛りがあって、身内にも正直に話せない。かといって、急な親バレも三人にとって本意ではない。ここは若干ルールを緩めるべきだろうか。


 二泊三日の旅行。

 未成年である以上、親の許可なしで好き勝手に行けるものでもないし——


「パパとママ、ビックリするんじゃないかな? 私とひーちゃんが同じ人と付き合ってるって知ったら……」


 むしろ反対するだろう。

 さすがの光莉もきまりの悪そうな表情を浮かべている。


「パパは大丈夫だと思うけど、ママはねー……」

「うん……ママはねー……」


 と、両隣の双子姉妹が同時にため息を吐く。


(いったいどんなパパさんとママさんなんだろ?)


 母親についてはわからないが、父親については少しだけ情報がある。

 宇佐見家に行ったとき、光莉は自宅用プラネタリウムをプレゼントしてくれた父親のことをニコニコとしながら話していた。


 千影に訊ねた際も、放任主義に近いそうで、ただ、光莉を信じているとも言っていた。そこから察するに、父親は光莉のよき理解者であり、優しくて素敵な人なのだろう。


 一方で、母親は厳しいところがある人なのかもしれないと咲人は思った。


「ところで、咲人くんの叔母さんってどんな人かな?」

「木瀬崎みつみさんって言って、母さんの七つ下。弁護士さんなんだ」


 すると光莉と千影が目を見開いた。


「『異議あり!』って感じの人ですか⁉」

「『倍返しだ!』とか本当に言うのかな⁉」

「あ、うん……そういうセリフを家で聞いたことは一度もないけどね? あと光莉、それは銀行員のセリフじゃないかな……?」


 たぶん光莉はなにかとなにかのドラマがごちゃ混ぜになっている。……いちおう、リーガルでハイになっている俳優さんは一緒だが。


「咲人くんがなにかやらかしたとき助けてくれる人なんだね?」

「あ、うん……なんで俺がやらかす前提なの?」


 光莉は立ち止まって、わざとらしく、赤くなった頬に手を当てて恥ずかしそうにする。

 というのも、こうして話しているうちに、ちょうど結城桜ノ駅に着いたのだが、ここは強烈な思い出の残る場所——咲人がやらかした場所である。

 光莉が恥ずかしそうにしている理由がわかって、咲人は羞恥で真っ赤になる。


「ここでいきなりうちにギューってしてチューってしたの、忘れちゃったのかなぁ?」

「あれは勘違いしただけで……!」

「もし、うちじゃなかったら——」

「だ、誰にでもするわけじゃないって……!」


 双子だから起きたやらかしだったが、さすがに誰彼構わず突然抱きしめてキスをするわけではない。そんなことをした日には、有栖山学院からBANされてしまうだろう。


 すると千影がプクッと頬を膨らませた。


「そうですよ! 本来は、わ、た、し、だったはずなんですけどね?」

「…………すみません」


 と、咲人は申し訳なさそうに項垂れた。


「まあ、うちもちーちゃんのフリをしていたのが悪いんだけどね?」

「だったらもう少し反省して」

「えへへへ、ごめんごめん……」


 むっとしている千影に対し、光莉は苦笑いで返した。

 それにしても、千影だと勘違いして光莉にキスをしたことは一生の不覚。たぶんこれから先も記憶に残る大事件で、咲人にとって、ここはそういう記憶が残る場所なのだ。


 そのことを光莉がわざと千影の前で掘り起こすのは、千影の嫉妬心を煽るためだろう。


「でも、ちーちゃんは次の日、観覧車の中でロマンチックにギューとちゅーをしてもらえたんだよね?」

「う、うん……してもらえたけど……」

「……帰りは休憩できなくて残念だったけど〜?」

「ちょ、ひーちゃん……⁉」


 羞恥で真っ赤になった千影を見て、光莉はころころと笑う。

 落としてから上げる、といったところか。すっかり光莉の目論見通りで、さすがは姉、妹の扱いが上手いなと咲人は呆れた。


「あ、そう言えば……私と咲人くんがデートした次の日、ひーちゃんはお部屋で咲人くんとどんなことをしたの? 下着姿で抱きついたところは見たけど」


「「っ…………——」」


 光莉と咲人は顔を見合わせ、真っ赤になった。


「え……なにその反応⁉ なにがあったの⁉」


 なにもなかったわけではない。


 ただ、千影が過剰に反応する必要もない。むしろ、千影より控えめで、ベッドの上で光莉から何度も頬にキスをされただけだ。それ以上のことはなにも——


(——うっ……)


 そのとき咲人の脳裏に双子の下着姿が鮮明に映った。

 千影が先ほど言及したせいだろうか。


 光莉の下着姿を見てしまったのだが、先に千影のお着替えシーンにも立ち合ったので、あれはイーブン(?)で間違いない。たぶん。

 ところが光莉は、頬を紅潮させたまま、クスッと笑って千影を見た。


「え? なにって、ちーちゃんには言ってなかったけど、すごいことだよ? 興奮した咲人くんが、私をベッドに押し倒して……ふふっ」

「っーーー……⁉ その後はいかにっ⁉」

「待て待て待て! 光莉、それはさすがに悪意があるって! 押し倒したんじゃなくて止めようとしたんだっ……!」


 光莉はクスクス笑いながら、真っ赤になった千影の反応を楽しんでいる。

 やはり光莉はこうやって千影の妄想(暴走?)スイッチを押すのが楽しいようだ。


「ひーちゃん、詳細を詳しくっ!」

「千影? それ頭痛が痛いって言っているような感じだけど、大丈夫……?」


 千影は暴走モードに入ると日本語がおかしくなる。こういうときはいったん冷静にさせないと、ひたすらどこまでも暴走し続けることがあるので、


「ま、旅行の話に戻ると——」


 と、咲人は急に話を元に戻した。


「——二人は、どこに行きたいとか希望はあるの?」

「そんなの決まってるよー。——ねー、ちーちゃん?」

「うん。夏と言えばって感じだよねー?」


 咲人は「おー」と感心しながら「ねー」とにこやかに話す二人を見た。

 さすが仲良し双子姉妹。口に出さずとも行きたいところは同じ場所のようだ。


「じゃ、せーので発表しよっか?」

「うん。せーの……——」



「海だよっ!」「山ですっ!」



 咲人は思わず「あう」と口に出した。


(こ、ここは双子でも違いが出るんだな〜……)


 むっとしている千影に対し、光莉はやや引きつった笑顔で見つめ返す。帰宅ラッシュの喧騒で溢れ返る駅の一角で、なにやら不穏な空気が漂い始めた。


「……ひーちゃん、今、海って言った?」

「言ったけど、ちーちゃんは山って言ったのかな?」

「うん。だって夏と言えば山だもの」

「チッチッチー。海のほうがド定番じゃないかなー?」


 咲人が苦笑を浮かべていたら——


「「咲人くんはっ⁉」」

「え⁉ 俺⁉」


 急に振られた上に圧がすごすぎて、咲人はギョッとしながら後ろに身を引く。


「三人で行くんですから咲人くんの意見も聞きたいです! ですから山ですよね⁉」


 聞く気ないだろそれ、と咲人は思った。


「うち的にはとびっきりセクスィーな水着を咲人くんに見せたいんだけどなぁ?」


 それはなかなか興味深いな、と咲人は悩み始める。


「ひーちゃん、今の誘導はズルいよっ! ——さ、咲人くんは水着よりも汗が染み込んだサポートタイツ派ですよねっ⁉」

「千影、俺にそんな特殊な趣味はないよ……? というか話がブレてるから……」


 海と山——正直どちらでもいい。どうでもいいというわけではなく、三人で旅行に行けるなら、どこに行ってもきっと楽しいだろうから——


(——いや、待てよ……)


 咲人は「ふむ」と顎に手をおいた。

 考えようによっては、双方の意見を一つにまとめることができるのではないか——。


 そう、何事も最初から不可能だと決めつけるのは良くない。

 天才と呼ばれた先人たちは、どんな困難な状況においても諦めずに可能性を追い求め、前人未到の偉大な成果を残した。


 発明王と名高いトーマス・エジソンが、その失敗の数、一万とも二万とも言われている白熱電球を開発した際に、フィラメントの材料として用いたのは、京都の男山、岩清水八幡の真竹である。


 それはまさに、アメリカと日本という海を隔てた二つの国が、一人の天才の手によって結びついた瞬間であった——。


(なるほど、要するに組み合わせか……)


 つまり、この『海か山か問題』は、点と点を結び一直線にすれば自ずと答えが見えてくる。水着か、山ガールか、それらを組み合わせると——


「——そうかっ……⁉」


 咲人の頭上でピカッと電球が光った。

 それはまさに一パーセントの天才的な閃きで——


「山で水着になるというのはどうかな⁉」

「「特殊かっ!」」


「じゃ、じゃあ、海で山ガールに……」

「「特殊かっ!」」


「じゃあいっそ、水着の下にサポートタイツを穿けば……」

「「だから特殊かっ!」」


 ——どうやら特殊らしい。


 ある意味、前人未到ではあった。というよりも、話がブレブレであった。


「そういう特殊な趣味は後回しにして、とりあえず咲人くんが海に行きたいか山に行きたいか選んでください」

「もちろん、それ以外の選択肢もありだよ。うちらは咲人くんの意見に合わせるから」


 それならいっそ海と山両方行けばいいと咲人は考えたが、ぱっと思い当たる場所もなく、第三候補も思い当たらない。

 とりあえず、結論を出す前にこの質問をしてみることにした——


「ちなみに二人はタケノコ派? キノコ派?」


「「タケノコ」」


「あ、そこは一緒なんだ……?」


 ちなみに咲人はキノコ派である。



 ——して。

 双子姉妹は、各々海だ山だと言い張って、一向に譲る気配はない。


 咲人としては、せっかく恋人たちで過ごす二泊三日の旅行を、双子姉妹それぞれにとっての最高の思い出にしたいという思いもある。

 よって、両者の意見をまとめ、落とし所をどこにするのか、だいぶ苦戦を強いられた。


 そうして結論が出ないまま、後日改めて話し合うこととなり、今日のところはいったん解散となったのであった。


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1巻発売直後から連続重版! 「アライブ+」でコミカライズも決定!


「双子まとめて『カノジョ』にしない?」

2巻は2月20日発売!


公式Xでも連載中!

https://twitter.com/jitsuimo


特設サイトはこちら。

https://fantasiabunko.jp/special/202311futago/


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次回更新は 1月21日(日)


次の日。校内で誰かから隠れている千影を発見。

しかし、それは千影じゃなくて……? いったい何が起きたのか?

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