第2巻 前半先行公開!<期間限定>
2巻 プロローグ
ここのところ、高屋敷咲人は昼食を終えると人気のない場所を求めている。
というのも——
《三人で付き合っていることは秘密にすること》
このことは共通認識ではあるはずなのに、じつは周囲に敏感にならざるを得ない事態に陥っていた。
「東棟一階の階段下とは考えたね? ここならあんまり人が通らないかなー」
「二人きり……じゃなくて、三人きりですごせますもんね?」
と、同じ顔が二つ——。
双子姉妹だから当然なのだが、表情も仕草もまるで違う。
「ふふっ、こーんなとこに連れてきて、うちらとなにがしたいのかなぁ?」
と、余裕そうに、悪戯っぽく笑いながら迫ってくるのは姉の宇佐見光莉だ。
一方、余裕はなさそうだが、頬を朱に染めて見つめてくるのは妹の千影である。
「も、もちろん……えっと……イチャイチャとかですかね……?」
期待に満ちた目で見つめてくる彼女たちに向けて、咲人はひと言——
「反省会だ」
と、死んだ魚のような目をしながら言った。
二人は目をパチクリとした。
この双子姉妹ときたら、先ほど学食内で自分たちがなにをしでかしたのか、さっぱり理解していないらしい。
「よし、じゃあ一緒に振り返ってみようか……」
咲人は呆れながらも、小さい子どもを諭すように言う。
「さっきの学食のアレ……アレはさすがにダメだと思うよ? 光莉は腕を組んでくるし、千影はあーんしてくるしで、さすがに周りの視線がこっちに向いてたからね? ……主に、俺に対しての反感だけど、まあ、それはそれとして……」
すると千影が悲しそうな表情を浮かべた。
「やっぱり学食であーんはダメですか?」
「うん、ダメだよ? 前に『あーんはしません。我慢します』って言ってたよね?」
千影は「うっ」と呻いて、がっくりと肩を落とした。
「覚えてましたか……。さすがに覚えてますよね、咲人くんですし……」
いちおう千影は反省したらしい。
一方の光莉はまったく反省している様子がない。それどころかニコニコと笑顔を浮かべたままだ。
「腕を組むくらいならギリオッケーだよね?」
「ご飯食べるときに? お互いに右利きなんだからどっちかが支障出るよね?」
「でも、くっつきたいなぁー……寂しいなぁー……ダメ?」
「ダメ」
すると光莉は咲人の右手をとって、自分の左頬をスリスリと擦りつけた。
「午前中の疲れを癒やすには、それしか方法がないんだけどなぁ〜……」
「だから甘えてもダメだって——」
「ズルい! 咲人くん、ひーちゃんにしてるそれ、私にもしてください!」
「じゃあ、ちーちゃんもおいでよ〜」
「参加者を増やすなっ!」
——と、こんな感じで。
いかんせん、この双子姉妹は堂々としすぎていた。
周りに秘密にするというルールのもと、付き合い始めてから約一ヶ月。最近になり、「じゃれつき」と「いちゃつき」の境界線が曖昧になってきている。それをちょうどいい塩梅にするのが咲人の役割となっていた。
それにしても——と咲人は頭を抱える。
果たして、周りには『仲良しな双子姉妹にじゃれつかれる男子』として映っているのだろうか。それ自体「羨まけしからん」状態ではあるのだが。
咲人は溜まりに溜まったため息を吐き出す。
「もう少しセーブして。二人の気持ちは嬉しいんだけど——」
——バレたらどうするんだ?
そう言いかけたところで、光莉が「大丈夫」と遮った。
「うちらだってなにも考えてないわけじゃないよ? 細心の注意を払ってるから」
まったくもって信じがたい。
「それにね、さっきの学食のアレはすっごく画期的かつ合理的なシステムなんだよ? ちーちゃんと昨日一晩よく寝て考えたのだーっ!」
「のだーって……そんなに頑張って考えてきた感じには伝わってこなかったよ? ……とりあえず聞こうか?」
光莉は自信満々に説明を始める。
「まず、うちが咲人くんの右腕をギュッとする! すると咲人くんは利き手を使えない! そこでちーちゃんの出番! 箸でおかずを取ってか〜ら〜の〜?」
「あ〜んです! 名付けて『ノーハンド・ツイン・イーティング・システム』——NTESです!」
「…………なるほど」
どこからどうツッコんでいいものやら。
なんでもかんでも横文字にして頭文字を抜き出すのはどうかと思うが、たしかに、画期的かつ合理的なシステムではある。
それならば、咲人はいっさいなにもせずに延々と食事を口に運んでもらえるし、利き手側でちょっとしたドキドキ感も楽しめ、さらには双子姉妹の可愛い願望を同時に満たすこともできる。
まさに一石二鳥が二石三鳥の申し分ないシステムだ。素晴らしい。
「どうかな、うちらの考えてきたシステム! ——はい、ちーちゃん、例のセリフ!」
「進路クリア! システムオールグリーン! 発進どうぞ!」
「高屋敷咲人、行きます! ……とはならないよ?」
「「なんでっ⁉」」
なぜならこのNTES(?)には大きな欠陥がある。それは——
「学食でやることじゃないっ!」
——して。
私立有栖山学院高等学校に通う咲人は、六月の初め、ひょんなことから二人の少女と同時にお付き合いすることになった。
その相手というのが、あまりの美しさに、月は雲間に隠れてしまい、花は恥じらってしぼんでしまうほどの見目麗しき双子姉妹、宇佐見光莉と千影。
この双子のおかげで、六月末の今となっては、教室の備品のごときモブ野郎だった咲人の日常は、騒がしくも楽しいものへと変貌を遂げていた。
以前は『出る杭は打たれる』を自戒にしていた咲人が、『逆さまの杭になる』と宣言したのはつい先日のこと。目立たずに過ごすのをやめ、「本気を出す」と腹を決めたのだ。
それは、支えてくれる『彼女たち』のため。
全身全霊全集中の構えで彼氏をまっとうしようとしているのである。
そういう彼の真面目な姿勢は着実に双子姉妹に伝わっていき、望めばいつでも左団扇のような状況になるほどに好かれていたのだった。
けれど、そこにやすやすと甘んじるわけにはいかなかった。今の関係性について、当人同士の同意と納得はあるものの、周りがそうは見てくれないだろう。
よって、互いのための秘密ができた。
周囲にバレたらこの関係は終わる。その考えは、咲人の中にとある使命感を起こした。
なにがあっても、宇佐見姉妹の笑顔を守ること。けれど、そのために自分を犠牲にしてしまえば彼女たちは悲しんでしまうだろう。
そこで咲人は、いかに周囲に怪しまれずに付き合えるかを模索し始めた。その上で、いかに彼女たちをバランスよく満足させられるかを探求する日々を送っていたのである。
——ところが。
そんな彼の涙ぐましい努力に相反して、宇佐見姉妹の
その状況を三国志にたとえると『樊城の戦い』といったところか——。
光莉扮する関羽が水攻めを起こし、その機に乗じて千影扮する張飛が堅く閉ざされた門に向かってバナナボートで突っ込んでいく描写である(そんな描写は三国志にない)。
そうして咲人の堅牢な理性は、双子姉妹の猛攻によって決壊寸前まで追い詰められ、「もうバレてもいいんじゃね?」という気を起こさせようとしていた。
そこまでして、咲人に迫る彼女たちの唯一の理由。それは——
「「だって、大好きなんだもん!」」
——である。
歯止めがかからない双子姉妹のこの心情——。
言うなれば『ガチ恋』であった。
それはそれで大変ありがたいことではあるが、咲人は頭を抱えていた。
この双子姉妹は大変可愛いし、非常に可愛い上に、甚だしく可愛いのだが、可愛さでは誤魔化されないのが、彼の良いところでもあり、今ひとつ尖れないところでもある。
双子からの好意は素直に嬉しい。
けれど周りにバレたらいけないので咲人がセーブする。すると双子は二人がかりでさらなる愛情表現を仕掛けてくる。いやいやバレるだろ、なんだNTESって——
といった感じで、羨まけしからん連鎖が続いていたのであった。
「あ、うん……俺も二人のことは好きだよ? でも——」
「「キュン♡」」
「あ、今はキュンしなくていいから最後まで聞いてね? とにかくTPOは守ろっか? あと、キュンは口から出さない。普通の人は言わないから、たぶん、知らないけど……」
「「はい♡」」
と、幸せそうに咲人の腕に絡む宇佐見姉妹。
なんというか、なんというかである。いっそ開き直って、三人で付き合っていますと言って回ったほうが悩まずに済むような気がしてきた。
咲人がそう思ったところで——
「——あ、いたいた!」
こちらにパタパタと駆けてくる足音。
途端に光莉と千影はパッと咲人の腕を離す。
そうしてやってきたのは、まだあどけなさの残る小柄な少女だった。
「光莉ちゃん、今いいですか? 少し、お話があるのですが……」
「彩花先輩……」
光莉がいつになく気まずそうな顔をした。咲人は千影と目を合わせたが、彼女は首を横に振った。千影の知り合いではないらしい。
咲人は彩花先輩という少女を一瞥した。
宇佐見姉妹に比べると、華奢で、背丈は低い。150センチくらいか。ふわりとした色素の薄い髪は、染めているようにも見えるが、おそらく地毛だろう。
体型は、出るところは控えめで、引っ込むところは引っ込んだままで、重力や空気抵抗とは無縁に見え、このままふわふわと宙に浮いていきそうな軽さがある。
物腰が柔らかそうな雰囲気を醸し出しており、立ち居振る舞いは良家のお嬢様といった感じだ。これで、白い服を着せ、羽を生やせばまさに天使だ。
先輩ということは年上か——
「ごめん、ちょっと待ってて。——彩花先輩、向こうで話しましょう」
そう言って、光莉と彩花は咲人たちから離れた。
咲人は、光莉のこの大人のような対応に驚いた。
が、一瞬だけ見えた彼女の気まずい表情を見逃さなかった。
(ここで話せない事情がある……?)
光莉と彩花がなにか話し始めた。どちらかと言えば、彩花のほうが多く喋っている。光莉の表情がどことなく暗い感じに見え、咲人は若干不安になってきた。
「……千影、光莉って先輩とかと交流があるの?」
「どうでしょう? ひーちゃんはああ見えて顔が広いですからね……」
そう聞いて、なんとなく、ゲーセンで会ったときのことを思い出す。
光莉は、学校に来ていなかった時期も、外部との繋がりがなかったわけではない。人当たりはいいし、あの笑顔と憎めない性格は、きっとどこへ行っても好かれるのだろう。
けれど、普段光莉は静かに過ごしている。
彼女の口から友達の話題はいっさい出ない。浅く広く、差し障りのない程度に交流を持ち、咲人や千影といるときだけ無邪気に振る舞っていた。
「でも、校内に知り合いなんていたんだ……」
「意外?」
「ええ……。私たちの中学から有栖山学院(ここ)に進んだ先輩は二、三人しか知りませんし、あの彩花先輩という方は私たちの中学出身ではないですね……」
「そっか……」
千影とそんな話をしていると、ようやく光莉が戻ってきた。
「ごめん、お待たせしちゃったね?」
「ひーちゃん、先輩となんの話だったの?」
「え? ……ううん、たいしたことじゃないよ?」
光莉はなんでもないといった態度をとった。
だが、咲人はなにかの違和感を拭えずにいた。
彩花といたときの光莉の目——あれはひどく他人行儀な、まるで人と距離を置きたがっているような目だ。自分や千影といるときには見せない、人を遠ざけるような目——。
相手があまり話したことのない先輩だからだろうか。じつはネット上の知り合いで、今日突然リアルで話しかけてきたからだろうか。——考えても仕方がない。
「本当に? なにか、困っているとかじゃない?」
「ヘーキ。そんなことにならないように、うまくやってるから」
と、光莉は笑顔で遮った。
これ以上詮索するな、ということだろう。
「そんなことよりも〜……」
光莉がニヤつく。
「お待たせしたお詫びのハグーーーッ!」
その瞬間、咲人はひょいと軽く避けた。
光莉はそのままの勢いで千影に抱きついた。
「外した! でも柔らかいから当たりっ!」
「ちょっ⁉ いきなり揉まないでよ! ひーちゃん!」
「これなにかな?」
「おっぱ……って、咲人くんの前でなに言わせるのよぉーーーっ!」
「おっぱいぐらい普通に言えるって。だいたいちーちゃんはね——」
と、双子姉妹がじゃれているあいだ、咲人はキョロキョロと周囲を見回していた。
「どうしてうちのこと避けちゃうのかな〜……んギュ〜ってしたかったのにぃ……」
「ごめん、でも——」
何者かの視線を感じた。
咲人は目を瞑る——目蓋の下、彼の動物的な眼球の動きは、一瞬だけ見て記憶したものを呼び起こそうとしている。映像の逆再生。彩花が来たあたりまで遡る。
しかし、誰も映像に映っていない。
視覚の外、つまり死角。咲人の視界に収まっていない位置から見られていたのであれば、さすがの彼も追うことができない。
(……やっぱり、気のせいか)
周りに敏感になりすぎているのかもしれないと思い直して、咲人は目蓋を開けた。
そこで予鈴があったので、三人はそれぞれの教室へ戻っていった。
——して。
咲人、光莉、千影——この三人が付き合っていることは周りに秘密。
一方で、光莉もなにか、咲人と千影に言えないことがあるようだ。
そしてもう一つ——
「——チッ……」
校舎の外、舌打ちして足早に去っていく、一本括りの少女が一人——。
じつは、彼ら三人の預かり知らぬところで、彼らの関係を脅かすなにかが動き始めていたのである——
---------------------------------------------------------------------------
1巻発売直後から連続重版! 「アライブ+」でコミカライズも決定!
「双子まとめて『カノジョ』にしない?」
2巻は2月20日発売!
公式Xでも連載中!
https://twitter.com/jitsuimo
特設サイトはこちら。
https://fantasiabunko.jp/special/202311futago/
------------------------
次回更新は 1月19日(金)
夏休みを前に、そろってお出かけの計画を立てる咲人と双子たち!
行き先はいったいどこになるのか……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます