第1話(後半) 様子がおかしい……?

一夜明けて、翌日の昼休みのこと。


 千影は、またなにやら橘に呼び出されたそうで、昼食は先に済ませておいてほしいとLIMEが入っていた。光莉は——なぜか連絡がとれない。


 LIMEは既読すらつかないので、咲人は諦めて一人で学食へ向かっていた。


(ま、こういう日もあるか……)


 千影はいつ橘との話が終わるかわからないから仕方ないとして、光莉はどうしたのだろう。そんなことを思いながら歩いていたら、廊下の先に千影の姿があった。


「あれ?」

「あ……咲人くん、こんにちは。今から学食ですよね? 一緒に行きませんか?」


 と、彼女はにこやかに笑う。


「橘先生の要件はいいの? 呼び出されたんじゃなかった?」

「ええ。ガン無視を決め込んで差し上げようと思って」

「差し上げたらダメだよ……。それ聞いたら怒るよ、橘先生……」

「そういう放置プレイ的なのがお好きなタイプかと」

「うん、なにその偏見……?」


 と、咲人は呆れながら首の後ろを掻いた。


「……というか、なにしてるの光莉?」

「はえっ⁉ や、やだな〜、なにを勘違いしてるのかしら? オホホホ……」

「俺、千影がオホホホって笑うの見たことないんだけど……千影以外の人も……」


 やはり光莉だった。


 光莉はいつもの髪飾りではなく千影愛用のリボンを着けている。言葉遣いや笑い方は相当怪しいが、歩き方、立ち居振る舞いは千影に似せているし、首から下げているヘッドホンもない。一見して、千影と見間違える生徒もいるだろう。


 が、一箇所だけ、どうしても千影ではない部分があった——


「で、なにしてんの、光莉? またドッキリを俺に仕掛けるつもり?」

「……はぁ〜……なんでわかっちゃったのかな?」

「なんでって、そりゃ——」


 咲人は言いにくそうに、彼女の胸元を指差す。このだらしない着崩しをするのは光莉しかいない。もしこれが千影だったら、どうしたんだと心配するレベルだ。


「あ、そっか!」


 光莉も気づいたらしく、胸元のボタンを慌ててしめようとするが、だいぶまごついている。バストの自己主張が強いのか、はたまたワイシャツのサイズが合っていないのかはわからないが、ボタンをしめるのにもひと苦労のようだ。


 その様子をただ黙って見ていることもできず、咲人は視線を逸して待った。

 ようやくしめ終わった。これで『宇佐見千影』の完成である。


「詰めが甘いと言うかなんと言うか……」

「うーん……うちもまだまだだねぇ」


 光莉は悪戯を見つかったかのように、てへへへと笑う。

 そんなことりよも、どうして彼女は千影のふりをしているのだろうか。以前、そのせいで千影から叱られたというのに。


「……で、これはいったいどういうこと?」

「じつはねー……——あ、ヤバッ!」


 光莉は咲人の後方を見て慌てて居住まいを正し、ゴホンゴホンと咳払いした。

 咲人も気になって後ろを振り向くと——



「見つけたっ! 宇佐見光莉っ!」



 ものすごい剣幕で近づいてくるのは、ツインテールの女の子。

 一年生で、名前は知らない。校内で何度か見かけたことはあったが、クラスが違うし、話したこともなく「なんかツインテールの子がいるなぁ」くらいの記憶しかない。


 そのツインは、咲人がいるのもお構いなしに、光莉扮する千影に詰め寄った。


「あのね、今日こそは——」

「ゴホン! ……あの、『私』は宇佐見千影ですけど、なにか御用でしょうか?」

「え? ……えぇっ⁉ 宇佐見千影っ……⁉」


 千影の名前を出した途端、ツインテールがひどく狼狽え出した。千影に苦手意識でもあるのか、二歩、三歩とたじろいで、顔を強張らせている。


「そうですわよ? ご理解いただけましたら、とっととあっちへ向かいやがってはいかがでしょーか?」


 品が良いのか悪いのかよくわからない偽千影の言葉を咲人は呆れながら聞いていた。


 こんなのすぐにバレるだろう——そうかと思いきや、ツインはすっかり千影だと信じ込んでいる様子。さっきの勢いはどこに消えたのか、動揺して青ざめていた。

 一度やらかした咲人としても、なんとなく今のツインテールの気持ちがわかる。


 すると——



 プチッ——パシィーッ!



「っ、痛っ……⁉ なに今の……⁉」


 と、ツインテールが慌てて額を押さえた。


 すると、コロコロとなにかが咲人の足元まで転がってきて、上履きに当たって止まる。

 拾い上げてみると——


「——ボタン?」

「うわ、あっちゃ〜……」


 声のするほうを向いた。千影の——いや、光莉の、先ほど閉めたばかりのワイシャツの胸元がパックリと割れて、白桃のような谷間が「こんにちは」と顔を出している。


 三人は一瞬その場で固まったが、


「あはははは……ボタン跳んじゃった〜」


 と、光莉が笑ったのを見て、


「そのリアクションは……やっぱり光莉だったんだねっ⁉」


 と、ツインテールがいよいよ気づいてしまった。


「ヤバッ⁉ じゃあ咲人くん……愛してるぜ——」


 最後にこそっと耳打ちした光莉は、悪戯っぽい笑顔を残して爽やかに去っていった。


「あっ⁉ 待ちなさい! 光莉ぃいいいーーーっ!」


 ツインテールが怒鳴りながら追いかけると、光莉が「うひゃー」と逃げ出した。

 その様子を咲人が拾ったボタンを握りながら呆れながら眺めていたら、


「——あ、咲人くん。ひーちゃんを見ませんでしたか?」


 と、光莉と入れ違いで千影(本物)がやってきた。


「ああ、さっきまでここにいたけど、どっかに行っちゃった……」


 よく見ると、千影はなぜかご機嫌斜めのご様子である。


「どうしたの? もしかして、橘先生になにか言われたの?」

「違うんです。職員室に行こうとしたら、廊下でいきなりひーちゃんが私のリボンを奪ってどこかに行っちゃったんですよ……まったく……」

「あ、そう……なるほどね〜……」


 咲人はやれやれと思いながら、先ほど拾ったボタンを千影に差し出した。


「これ、あげる」

「もしかして……咲人くんの第二ボタンですか⁉」


 千影は急に目を輝かせた。


「俺だけ卒業させないでほしいな……。たしかに第二ボタンだけど違う人のボタン……」

「え……じゃあ要りません……」


 と、今度は一気にテンションが下がる。非常にわかりやすい人だ。


「いや、そのうち必要になると思うから……。ところでお昼はまだだよね? 一緒に学食行く?」

「……へ? い、行きます! やったぁーっ!」


 千影はルンルンと弾みながら弁当を取りに教室へ向かった。


(……にしても、なんで光莉は追いかけられていたんだろ?)


 首を傾げた咲人だが、自分もすでに事件に巻き込まれているなど、このとき知る由もなかった。


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次回更新は 1月23日(火)


宇佐見光莉が追われている理由はいったい……

咲人と千影がそのワケを聞いてみると、驚愕の事情が発覚する!?

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