1年経っても

LabelPie

1年経っても

「あなたが好きです。僕とつきあってください」


日差しがまぶしい高校2年生の夏、ずっと大好きだった佐藤くんに告白された。

火曜日の放課後のことだった。


カナは驚きのあまり、口元を手で覆い、後ずさる。


佐藤くんは平均的な体格に印象の薄い顔立ちで、特段ルックスが良いわけではない。けれど、とても優しい人で、クラスに友達も多い。

普段は穏やかだけれど、友達と一緒だと羽目を外すことも多い。そのためか半袖から伸びる腕にはいくつものアザや傷跡が見られた。


カナは、私も大好きでした、と言いたかった。けれど実はドッキリなのではないか、それか罰ゲームか何かで無理やり告白させられているのかも、などという発想が頭をよぎる。

カナは学校でイジメにあっていたからだ。何故か先生やクラスメイトがみんながカナのことを無視するのだ。昨日までは、みんなと普通に仲良くしていたのに。

もしかして、彼もそのイジメに加担しているのではないか。そんな疑惑が浮かんでしまう。


彼はとても優しい人だから、そんなことするはずがない。そんな人だから好きになったのに、カナは目の前にある幸せを素直に受けとめきれなかった。


「ど、どうして……私、なの、かなぁ? 他にもっといい子がいそうだけど……」

「好きになった理由かい? たくさんあるよ。いつも笑顔なところとか、誰にでも優しいところとか――」


佐藤くんは本当に、本当にたくさん、カナの好きなところを上げていった。

カナは恥ずかしさに思わず顔を背けた。しかしやっぱり嬉しくて、佐藤くんの言葉を一言一句聞き逃さぬよう耳を傾ける。


ドッキリでも、罰ゲームでもいい。好きな人に好きって言ってもらえるのが、こんなに嬉しいなんて。

いま自分は、世界で一番幸せな女の子なのではないかと本気で思った。いやそれは言い過ぎだとしても、この学校で一番の幸せ者には違いない。


「う、ひひぃ」


嬉しさのあまり、思わず気持ち悪い笑い声が出てしまった。きっと顔も酷く緩んでいるだろう。

カナはハッと我に返って、恐る恐る佐藤くんの方へ視線を戻す。


彼はくすっ、と笑っていた。

また思わず、顔を背ける。


顔が燃えるように熱い。鼓動が耳の奥まで響いてうるさい。恥ずかしさと嬉しさがごちゃまぜになって、いまにも飛び跳ねてしまいそうだった。


「それから――」


佐藤くんはカナの好きなところを言い続けた。

途中、カナには理解できないようなことも言っていた気がするけれど、それでも嬉しかった。


カナは佐藤くんの告白を受け、付き合うことになった。


お昼休みは一緒にお弁当を食べ、放課後は本屋やファストフード店に寄り道して、そして夜は遅くまでLINEをした。

数日たってから、カナは佐藤くんの告白は嘘じゃなかったのだと、ようやく確信が持てた。


両親がしばらく留守にしているため、カナは家で独りで過ごしていたが、佐藤くんのおかげで全く寂しくなかった。


佐藤くんはとても不思議な人だった。カナの好きな食べ物や好きな曲など、カナのことなら何でもよく知っていた。親友にさえ秘密にしていたちょっとエッチな本のことまで知っていた。それを聞いたときは、恥ずかしさのあまり奇声を上げてしまった。


さらに驚いたことに佐藤くんは、カナがこれから好きになるものも当ててみせたのだ。

それは付き合ってから5日目の放課後、コンビニでアイスを奢ってくれたときのことだった。


チョコミントアイス、歯磨きの味がするんだろうなと思って、カナはこれまでなんとなく避けていた。


だが実際に食べてみると、思いのほかおいしかった。


「こんなにおいしいなんて、知らなかった」とカナが言うと、佐藤くんは「僕も前は苦手だったけど、君がおいしいって教えてくれたんだよ」と言った。


カナは不思議に思う。そんなこと言った覚えは全くなかったからだ。チョコミントアイスを食べたのだって、これが初めてだ。


佐藤くんはハッとなって「ごめん、いまのは忘れて」と言った。うつむいて目を細めている彼の表情は、どことなく悲しそうに見えた。


「う~ん」


カナは腕を組んで、考える。


「もしかして私、映画みたいな別世界に来ちゃったのかな?」

「別世界?」


佐藤くんは不思議そうに聞き返す。


「うん。パラレルワールドって言うんだっけ? ここに元々いた私は、佐藤くんとずっと前から仲良しで、それできっとお互いのこと何でも知ってたんだよ」


佐藤くんは「え?」と驚いた顔をした。構わずカナは続ける。


「それか、えっと、前世の記憶とか? 私達はいまよりもずっと昔、報われない恋に落ちた人同士で……そう! 前世からの運命の赤い糸で導かれ! そしてついに私達は……その……」


変なことを言ってるという自覚から、語尾は少し小声になった。

恥ずかしい。けれど何か話さないと。佐藤くんの寂しそうな顔を、何とか晴らすことができないか。カナは必死に思考を巡らせる。しかし考えれば考えるほど何も思い浮かばない。元々あれこれと深く考えられる性格ではないのだ。


「ねぇ、カナさん」


名前を呼ばれ、胸が高鳴る。つきあって5日経つけれど、未だに名前を呼ばれる度に嬉しくなってしまう。


「な、何かな佐藤くん?」

「明日、一緒に遊びに行かない? 隣町の動物園とか、どうかな?」


突然のことだったので驚いた。


「それって、デートのお誘い?」

「僕は、そのつもりだよ」


一大イベントの開催宣言に、胸はさらに高鳴った。

カナは、やった、やったと、その場でピョンピョン飛び跳ねる。


「行きたい行きたい! 明日……。あ、でもまって。明日じゃなくて、明後日の日曜日でもいいかな?」

「もちろん。じゃあ明後日、駅前に集合ね」

「うん! 楽しみにしてる!」


翌日、カナはショッピングモールに服を買いに行った。普段から見た目には気を配る方ではあったが、明日はデート、いつも通りじゃダメだ。

まずは軍資金を用意しないと。そう思ったカナはモール内のATMから、いくらかお金を下ろした。

その時の残り残高の桁がおかしなくらい多かった気がするが、いまはそれよりも重要なことがある。なんとしても佐藤くんに「可愛い」と言って貰うのだ。

アパレルショップで買い物を済ませ、店外に出る。


「やっぱりここにいたんだ。いい気なものね、人の気も知らないで」


店先でふと声をかけられた。声のする方に目を向けると、ツンとしたキツイ雰囲気の女の子が立っていた。

見覚えがある。たしか同じクラスの五十嵐さんだ。


「ええっと、こんにちは五十嵐さん。それってどういう意味かな?」

「別に、どうだっていいでしょ? あなたには何を言っても無駄だもの」

「……じゃあ何で話しかけて来たのかな?」

「伝えたいことがあるの。あなた、佐藤くんとお付き合いしてるんでしょ?」

「うん、まぁ…」

「別れなさい」

「え…なんで…。どうしてそんなこと言うの?」

「どうしても何もないわ。あなたは彼を不幸にする。いいえ、すでにそうなりかけている。だから、別れなさい。それだけよ」

「ちょ、ちょっと待ってよ! 私が佐藤くんを不幸にしてる? それってどういうことなの!」

「あなたには何を言っても無駄だと言ったでしょ? あなたにできることはひとつだけ。佐藤くんと、別れなさい!」

「嫌だよ! ずっと好きだったのに! やっと一緒になれたのに…それなのに、別れろなんて、酷いよ! 何の権利があってそんな事言うの!」

「いいから! 別れろって言ってんのよ! どうせ、あなたはこの先――」


その時だった。カナは突然、激しい頭痛に襲われる。頭が割れそうなくらい、酷い痛みだった。

カナはうめき声を上げ、その場にうずくまる。


「ほら、またそれよ。思い出させようとうすると、いつもこうなんだから。いつまでも自分の殻に引きこもってるような人に、佐藤くんは――」


五十嵐が言い終えるよりも早く、カナはショッピングモールから飛び出した。自宅を目指して、とにかく必死に走る。


怖かった。

とにかく怖かった。


五十嵐だけじゃない。

人々が自分のことを罵倒し、傷つけようとしている。理由はわからないが、カナはそんなふうに感じた。


家に帰ったカナは自室へ駆け込み、ベットへ潜り込んだ。家には誰もいない、一人ぼっちの室内。

ひとりは嫌いだ。ひとりでいるとどうしようもない不安に襲われる。助けてはくれる人は誰もいない。


前は違ったはずだ。家に帰れば両親がいた。高校生になって話す機会は減ったけれど、いつも変わらずそこにいてくれた。

学校でもそうだ。前は普通に友達がいた。休み時間も、放課後も、必ず誰かと一緒にいた。


それなのにいまは。


両親は旅行に行っているらしい。そんなこと聞いた覚えはないけれど、リビングのテーブルの上にあったノートには、そう書かれていた。

筆跡は私のものだった。一週間は帰ってこないらしい。


学校でもひとりぼっちだ。友達に話しかけても、みんなは鬱陶しそうにしていた。仲の良かった友達も「ごめんまた今度ね」とカナを追い払う。

誰も話を聞いてくれない。


どうして。


カナはそのまま目を閉じた。


どうしてみんな、私を嫌うの?

どうしてみんな、私から離れていくの?


震えが止まらない。今にも吐き戻しそうになる。

たくさんの目に見えない悪意がカナの周囲に渦巻いているような。それが質量を伴って、カナの身体を押し潰そうとしているかのような。そんな感覚。


ピコン!


スマホが鳴った。震える手で画面を確認すると、そこには“佐藤”と表示されていた。


”明日は10時に駅に集合ね。楽しみにしてる。カナさん、寝坊しちゃダメだよ”


カナは”OK“のスタンプを送信した。


不思議だった。


佐藤くんからのメッセージを確認したカナの顔は、自然と笑顔になっていた。こんな他愛のない連絡を嬉しく思ってしまうとは、自分はなんて単純なんだろう。そうだ、明日寝坊しないためにも、今日は早めに寝てしまおう。


再び目を閉じる。震えは、すでに止まっていた。


翌日、「今日の服、とっても可愛いね」と佐藤くんは言ってくれた。カナは嬉しさのあまりひっくり返りそうになるが、グッとこらえる。

「佐藤くんも、すっごくカッコいいよ!」と言ったら、彼は照れながら頬を掻いていた。


引き分けだ、とカナは思った。


その後ふたりは、キリンに餌を上げたり、小動物と触れ合ったりと、動物園でのデートを満喫した。

けれど乗馬体験だけはやめておけばよかったと、少し後悔した。スカートで来るべきじゃなかった。


そんなトラブルはあったが、佐藤くんとのデートはとても楽しかった。まるで自分が夢の中にいるのではないかと思えるほどに。


けれど佐藤くんの顔を見た時、カナは不安になった。佐藤くんがどことなく、悲しそうな顔をしていたからだ。

最初は気のせいかと思った。しかし一日中一緒にいると、そうでないとわかってしまう。


(もしかして、佐藤くんも……)


カナは思い切って、直接聞いてみることにした。


「佐藤くん、なにか辛いことがあるの?」

「え、どうして…急にそんなこと」

「なんか時々、悲しそうな顔してたから」

「な、なんでもないよ! 本当に。ごめんね、心配かけちゃって。気にしないで……ははっ」

「佐藤くん、無理して笑わなくていいんだよ。」

「え?」

「今日、なんだか無理して笑ってるみたいだった。付き合ってまだ一週間だけど、それくらい私にもわかるよ」

「僕は…そんなつもりじゃ…」

「ごめんね。きっと原因は、私にあるんだよね…」

「それは……」


佐藤くんはうつむいた。


ああ、やっぱりそうなんだ。

きっと彼も、私のこと……。


「ねぇ佐藤くん。もしかして……私と付き合ったこと、後悔してる?」

「え……どうして、そんな……」

「なんでかわからないけれどね。みんな、私から離れて行くの。私のことを嫌うの。クラスメイトも、先生も、前まで友達だった人もみんな。もしかしたら佐藤くんも……」

「そんなこと言わないでよ! 後悔なんて、してるはずがないじゃないか!」


佐藤くんが急に声を荒げたので、カナは驚いた。


「ごめん。変なこと言っちゃって、私……」

「そうだ。後悔なんて、したことない。僕は、これまでずっと…ずっと…僕は一度だって」


佐藤くんはうわ言のように、何度も呟いた。まるで自分に言い聞かせているかのように。


「佐藤くん?」

「あ……。ごめんね。大きな声出しちゃって。カナさんのことが大好きだから、後悔なんてしてないよ。ただちょっと、今日は色々と考えすぎちゃって。カナさんと、一緒にいることが嬉しくて、まるで夢みたいだなって思ったんだ。明日になったら、きっとこの夢も、覚めてしまうんじゃないかって」


驚いた。佐藤くんがこういうことをいうタイプだったとは。


「佐藤くん、意外と繊細だったんだ」

「あはは、そうかも。自分でも、ちょっと驚いたよ」


「ひひっ。私と一緒だね。私も、佐藤くんと付き合えたのが嬉しすぎて、不安になっちゃったのかも。最近嫌なことばっかりだったから、余計に」

「そうなの?」


「そうだよ~。昨日なんて同じクラスの子に声かけられたと思ったらね、急に……。いや、やっぱなんでもない」


カナは途中まで言いかけて、やめた。

話そうとすると、また頭が痛くなりそうだった。ただでさえ余計なことを言ってしまって、今日の楽しかった気分を台無しにしてしまったのに。

それに佐藤くんに迷惑をかけたくない。


「そうだ、ちょっと待っててね」


このままじゃいけない。

そう思ったカナはお土産コーナーに駆け込んだ。そこで動物のぬいぐるみを買い、佐藤くんに渡した。


「これ、佐藤くんにプレゼント! 初めてのデート記念だよ!」

「これは…」

カナが渡したのはタヌキのぬいぐるみだ。

「これさ、佐藤くん好きでしょ?」

「え……」


佐藤くんは目を見開いて驚いていた。


「良くわかったね。僕が、タヌキが好きだって。まだ、話したこと……なかった、よね?」

「ひひっ。うん、知らなかったよ。けどまぁなんとなくね。佐藤くんこれ絶対好きだろうなって思ったんだ」

「そうか……そうなんだ……」


佐藤くんは愛おしそうにぬいぐるみを撫でた。

優しく、何度も、何度も。懐かしい思い出を振り返るかのように。


「そう、そうだよ……。僕は、このぬいぐるみが、大好きなんだ。去年から……ずっと……ずっと……」


いつの間にか、佐藤くんの細めた目からはポロポロと小粒の涙が流れていた。

不意の出来事にカナは慌てる。


「えぇっ! な、なにも泣かなくても……」

「ごめんね、嬉しすぎて、つい」

「ここまで喜ばれるとは思わなかったよ。これはプレゼントしたかいがあったかな。大事にしてね」

「うん……とても嬉しい。大事にするよ。ありがとう……本当に……ありがとう。僕の、恋人になってくれて……ずっと一緒にいてくれて……覚えていてくれて……」


夜になって、ふたりは動物園を後にした。別れ際、佐藤くんがまたしても寂しそうな顔をしていた。


明日、月曜になったらまた学校で会えるのに。本当に繊細な人なんだから、とカナは思った。


帰宅したカナは、手早く寝支度を済ませ、ベッドに潜り込む。もう、震えも吐き気もない。あの得体のしれない恐怖は襲ってこない。


私はこんなにも愛されていた。それが明日への希望を与えてくれる。友達がいなくても、クラスメイトに無視されても、彼がそばにいてくれれば、私は大丈夫。


こんなにも、彼に愛されているのだから、やっぱり私は学校一の幸せ者じゃなくて、世界一の幸せ者だ。


明日は佐藤くんと何を話そうか、来週はどこにお出かけしようかと、期待に胸を膨らませながら目を閉じる。 


そう、来週になったら……。


●  ●  ●


「佐藤くん」

帰宅中通りかかった公園で、声をかけられた。

同じ学校に通う女子、五十嵐さんだ。


「…こんばんは五十嵐さん。何か用かな?」

「ええ。その…少しだけ時間ある?」

「…ごめん。いま、ちょっと自分のことでいっぱいいっぱいなんだ。また今度ね。」

「ま、待って!」


佐藤はその場から立ち去ろうとするが、五十嵐さんに手を掴まれる。


「佐藤くん! 私、君のことが好きなの! 私と付き合って!」


五十嵐さんはすがるような視線で、佐藤を見つめる。

それに反し、佐藤の視線は驚くほどに冷たい。


「ごめんね。付き合ってる子がいるから」

「でも明日になったら、恋人じゃないでしょう?」

「五十嵐さん、そんなふうに言わないで。怒るよ」

「もういいでしょ佐藤くん! いつまであの子に縛られてるの? もうみんなあの子のこと諦めてる! あの子の親友だって、もう関わろうとしない。いつもいつもとぼけた顔して、煩わしいのよ! 佐藤くんだけが頑張ったって、意味ないでしょ!」

「……五十嵐さん」

「あの子から告白されたのなんて、1年も前なんでしょ? それさえもあの子は忘れてるんだから! 何したって無駄なんだから! もういい加減、もうあの子のことは諦めてよ!」

「五十嵐さん!」


佐藤は声を張り上げ、五十嵐を睨みつけた。五十嵐はビクリと体を震わせる。


佐藤は微笑み、五十嵐に言った。


「僕は、彼女のことが好きなんだ。だから、僕のことは放っておいて。みんなが、彼女にそうしたように」

「そんな……。私だって、私だって、あなたのこと」


佐藤は、五十嵐の言葉に背を向け、歩き出す。

五十嵐が何か消え入るような声で何かを言っていたが、佐藤の耳には届かなかった。


彼女は事故の影響で家族と記憶を無くした。

そして、これから先のことも覚えておくことができない。

一週間。それだけが彼女に許された記憶だった。

きっと明日になれば、彼女はまた忘れてしまう。

今日の思い出も、全部無かったことのように。

時間は残酷なまでに流れていくのに、彼女だけがそれに取り残される。


学校ではそんな彼女を面白がって、酷いことする奴もいた。


お前の両親は死んだんだよ、お前のせいでさ。

そんな心無い罵声を浴びせて反応を楽しむ奴もいた。

どうせ来週には忘れているのだからと。


佐藤はそういう奴らと良く揉め事を起こしていた。

そのせいで、佐藤はずっと生傷が絶えない。


最近になって、やっとそれも落ち着いた。

いまはみんな彼女を弄ぶのに飽きて、関わるのをやめたらしい。


今度は、彼女を無視するようになった。

どうせ忘れるからと。

いちいち近況を説明するのも面倒だと。


両親については、担任が彼女にメモを取らせ、それを目につく場所に置かせるようにしたらしい。


もうみんな、彼女を存在しないものとして扱うようになった。

五十嵐は、佐藤にもそうしろと迫ったのだ。


もしかしたらそれは、五十嵐なりの優しさなのかも知れない。


けれど、それでも諦めるつもりはない。

佐藤の腕の中には、彼女からもらった、2匹目めのタヌキのぬいぐるみ。


来週も、佐藤はこれまでと変わらず。彼女に想いを伝える。

一年間、ずっとそうしてきたように。


佐藤はタヌキのぬいぐるみを抱き上げ、帰路につく。

あたりはすっかり暗くなっていた。

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