想愛らしくていいんじゃない?

『ふざけんな、バーカ』


 朝になりスマホを開けた瞬間に飛び込んできたのは単純明白な低レベルな悪口だった。

 思わず自分のことを棚に上げて怒りを露わにする。何がバカだ、バーカ! バカって言った方がバカなんだぞ!


「どうしたの、想愛。朝から大きな声を上げて」

「未呼ー! 見てよ、酷くない? 蒼空兄ったら、バカって!」


 一文だけの悪口から連想される背景を頭に描いて、未呼は呆れるように私の肩を叩いた。


「……どうでもいいけど、早く着替えて準備をした方がいいよ? 玄関見てみて。蒼空くんが待ってるから」


 未呼に言われて慌てて窓から外を見ると、彼女の言うとおり壁に寄りかかって待っている蒼空の姿があった。


 ——何で? 嘘でしょ⁉︎


 慌てて出ようとしたが、まだパジャマのままだったことに気付き、急いで着替えた。


「想愛、ご飯は?」

「いらない! ゴメン、行ってきまーす!」


 急いで玄関の扉を開けると、カフェオレに口をつけて待っていた蒼空が怪訝な視線を向けて、ぶっきらぼうに頭を書き出した。


「………昨日はどうしたんだよ、心配したんだぞ?」

「だ、だからゴメンってメッセしたじゃん! それより何でここにいるの?」


 こんな朝早くから待ち伏せなんて蒼空兄らしくない。けれど彼は何も答えずに踵を返して歩き出した。


「蒼空兄ィったら、何で? ねぇ、聞いてるじゃん!」

「うるせぇーな。もう俺の用事は済んだからいいんだよ。想愛、朝ごはん食ってないんだろう? 今からでも戻って食ってこいよ」

「そんなできないよ! 気になるじゃん、ねぇねぇー!」


 すると観念したのか、蒼空兄は空に向かって大きな溜息を吐いて、顔を向けてきた。


「……未呼が心配してたけど、ちゃんと仲直りできたのか?」

「え、未呼?」

「——昨日、お前が店を飛び出してから未呼がスゲェー心配していたんだ。ほら、お前に黙って和晴と付き合ったから。もしかして想愛も和晴のことを好きで怒ったんじゃないかって心配してて」


 えぇー……? 私がいない間にそんなことになっていたの?

 意外な未呼の話に、言葉が出なかった。そんなつもりじゃなかったのに、未呼に余計な心配をさせてしまった。


「そういうつもりじゃなかったんだけど……そっか。はたから見たらそう捉えられちゃうんだね」


 でも未呼とはちゃんと話をして解決したから大丈夫だよね? ちゃんと誤解は解けたと思うけど、それも私の思い込みだろうか?


 ううん、そんなことよりも……何で蒼空兄がこんなに心配するの?


 悶々と考えた末に辿り着いたのは、もしかして——……


「蒼空兄って未呼のことが好きなの?」

「は? 何だよ急に」

「ダメだよ、未呼は! やっと好きだった和晴くんと付き合えるようになったんだから邪魔したらダメ! いくら蒼空兄が未呼を好きでも、これは勇気出した人の早い者勝ちだから!」


 やっと手に入れた未呼の幸せを何人たりとも邪魔させない! だが蒼空兄は呆れたように再び歩き出した。


「んなのじゃねーよ。ったく、想愛と話していると精神年齢が下がって困るよ」

「何それ! もう、失恋したからって私に八つ当たりするなんて大人気ないねー」


 年上なのにパパとは違って意地悪で、本当にガキだよねー。するとカチンとイラついた顔の蒼空兄の手が私の頬を挟んで、ムギュッと唇がタコのような形になった。


「……お前もさー。もう少し周りの気持ちに気付けば?」

「んんぐっ、にゃ、にゃに⁉︎」


 すると蒼空兄の顔が近づいてきて、前髪がこめかみを撫でて——……




「……バァーカ。鈍感想愛」


 ベェーっと舌を出した蒼空兄はズカズカと歩き出した。

 一方、あまりにも突然の出来事に、私の身体は硬直して動けなくなった。だって、え? え? 


「そ、蒼空兄ィ! 今の、今のって‼︎」


 ほっぺだったけど! 唇ではなくほっぺだったけど! 外国人にとってはただの挨拶かもしれないけれど、ここは日本で私も蒼空兄も

 純日本人! これは友達や幼馴染同士でする行為じゃなくて、特別な関係が行うことだ。


 だからこんなことをされたら、私は——……いやでも蒼空兄のことを意識してしまう。


「ママも心配してたから、ちゃんと店に顔を出せよ?」


 その時に見せた蒼空兄の笑い方があまりにもパパに似ていて、私の胸は高鳴り続けて、中々おさまってくれなかった……。



 ・・・・・・・・・・・・★


「こうして、恋は始まっていく。恋を知っていく……」



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