第126話 全て、これで終わり


 そしてあの事件から数日後———穂村は救急に搬送されたが、車体に挟まれた下半身が不随となり、歩行どころか一人で排便も出来ない不自由な身体となっていた。

 症状が回復次第、ユウに対する殺人未遂とイコやシウに対する誘拐、暴行等で逮捕状が出ており執行されることも決まっていたが、穂村にとっての本当の地獄は刑を償い終えた後———……。

 結局、借金返済の為にシウとイコを攫ったのだが、失敗に終わった為、借金だけが残った形となった。

 だが、自業自得で破滅していく穂村に同情する人間は一人としていなかった。



 そしてユウ達は———……


「シウ、そんなに気を使わなくても一人で出来る! むしろ放っておいてくれ!」

「ダメだよ、ユウは怪我人なんだから全部私に任せて?」


 幸い穂村から受けた暴行の傷は致命傷には至らなかった。イコさんもユウもしばらく安静を言い渡されたが、あの絶望的な状況を考えたらこの程度で済んで良かったと安堵したものだ。

 ただ一つ、襲撃された際の殴打が原因で、ユウの片方の視力は極端に落ちてしまった。一時的なものならいいのだが、あまり期待は出来ないと診断された。ゆくゆくはもう片方もつられて落ちていくかもしれないが、シウ達が無事なら安い代償だ。


 それよりも何かと世話を焼くシウに困っていた。食事もトイレも、お風呂も全部付きまとってくるのだ。

 最初は可愛いと思っていたが、こうも何日も続くと困惑が積もり積もる。


「シウー、アンタも子供じゃないんだからユウくんの迷惑を考えなさい?」

「ムッ……、お母さん。いつまでこのマンションに寝泊まりするの? おじいちゃん一人じゃ心配なんじゃなかったの? ユウのお世話は私一人でいいから早く戻った方がいいんじゃない?」


 邪魔者はさっさと消えろと言わんばかりのシウの言葉に、流石のイコさんもカチーンと口角を引き攣らせていた。「このエロ娘は……」と呆れつつ、ユウに申し訳ないと謝るジェスチャーを見せてきた。


 とは言え、事件前の状況を考えればよくここまで回復してくれたと嬉しさが勝り笑みが溢れる。

 払った代償は少なくなかったが、それ以上に得るもの、守れたものが多くて自然と笑みが込み上げてきた。


「そう言えば、穂村の件だけど私の知ってるママが良い弁護士を紹介してくれるって。アイツに色々入れ知恵していたバックの事務所に警告するように進めてくれるから、もう大丈夫だと思う」


 本当ならもっと早く行動していれば、シウもイコさんも傷付かずに済んだかもしれなかった。イコさんの顔や腹部の傷も残らなかったから良かったが、万が一のことがあったら天国の守岡に合わす顔がなかった。


「———そうだった。シウ、頼みがあるんだけど棚に置いていた書類を取ってくれないかな?」

「書類? これかな」


 そこに記載されていたのは、以前検査を頼んでいたDNA鑑定の報告書。

 実は穂村の件で違和感を覚えていたユウは、再度守岡の前の奥さんに無精子症の話を伺っていたのだ。


『検査の結果、主人に原因があるのは明らかだったんだけど、そもそも検査をしたのが40歳になってからだったし……。完全にゼロだったのかは曖昧なのよ。ちゃんと精密に検査をしたわけじゃなかったからね。だから———……』


 今更必要ないとも思ったが、あの時のシウの様子を思うと明らかにしておきたかった。

 むしろと願いながら封を開いた。

 そこに記載されていたのは、守岡とシウの検査結果。

 息を飲み、項目を見てみると———99.99999……の数字。


 嘘だろうと、皆が一度は目を疑った。

 特にイコさんは、この検査結果にその場に座り込み、感情を堪え切れずに嗚咽を漏らしながら涙を堪えていた。


「私のお父さんは……本当に守岡さんだったんだ」


 あの時、守岡の奥さんの話を鵜呑みにして可能性を否定していたが、実際は奇跡が起きていたのだ。種無しと言われていた守岡とイコさんが残した奇跡がシウだったのだ。


「……ははっ、そうだったんだ。やっぱりシウは———彼の子供だったんだ」


 穂村の可能性が消えて喜ばしい一方、ユウには複雑な思いも蘇った。それならば自分がしたことは———本当の家族を壊した最低な行為だった。自分が無精子症の件を調べなければ三人は家族として過ごせたのに。


「何を言ってるの、ユウくん。壊したんじゃないよ……? きっとあのまま私がシウを引き取っていたら、こんなふうに親子関係は修復していなかったわ」

「けど、僕は」

「それにユウくんは……彼の最期をとして見送ってくれたでしょう? あの件だけでも十分だったのに……こうして調べてくれてとても感謝してるわ。私よりシウがね、すごく不安だったから」


 隣に腰掛けていたシウに視線を向けると、両手で目を覆い、必死に堪えるように涙を流していた。

 父親が誰であれ気にしないと口にしていたシウだったが、本心では不安でしかたなかったのだ。

 特に穂村のようなクズの血が流れているなんて、絶望で今まで生きてきたことすら悔やんでしまうほど血を呪っていた。


 ただ、それまでずっと寄り添ってくれていたユウのことを考えると素直に喜ばないと、シウは複雑な表情を浮かべていたが、そんな彼女を抱き締めてユウは笑みを溢した。


「良かったな、シウ……。父親が分かって」


 強く抱擁を繰り返し、喜びを分かち合った。本当は複雑なはずなのに気遣ってくれるユウに甘えて、シウもまた抱き返した。


「うん、良かった……お父さん、おとうさん……っ!」


 こうしてずっと抱えていた秘密が明らかになり、本当の意味で僕らの関係は変化を終えたのだった。


 歪だった歯車が綺麗に揃い、やっと未来に向かって動き出したのだ。


 ・・・・・・・・★


「ねぇ、お母さん。本当は守岡さん……私が娘だって気付いていたのかな?」

「どうかしら……。自分には生殖能力がないと分かっていたからね。でもシウの花嫁姿を見たいって言ってたってことは、どこかでか気付いていたのかもしれないわね」


 無精子症と診断された方が薬などを服用して自然妊娠したとか記事を見ました。

検査をした時には数が少なくなったり、病気を患って精子が作られなくなったけど、イコと出会った時にはまだ大丈夫だったとか……。

 そもそも無精子症ではなく乏精子症だったのかもしれないなどと解釈していただければと思います。


 最初は不明のままでもいいかなと思ったんですが、シウの心情を考えると奇跡を起こしたかったです……m(_ _)m

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