第125話 ・・・★ 守れるのは———しかない 【イコ視点】

 ・・・★ イコside...


 地下の駐車場に停めていた黒塗りのボックスワゴンに運ばれたシウとイコは、席を倒して広くなった後部座席に押し込まれた。運び終えて安堵したのか、穂村はニタニタと笑って二人の口を塞いでいたタオルを剥ぎ取った。


「しっかし二人並ぶ絶景だなァ。イコ、お前は昔から高嶺の花だったからな。結局、俺も付き合っていた俺ですら数回ヤッたくらいだったもんなァ」


 最愛の娘の前でヤッたとか言うな、このクソ野郎……!

 言い返したいのは山々なのに、口の中が切れて動かすのが痛い。一方シウは虚な目のまま憔悴し切っていた。


「俺もさー、胸が痛んでないわけじゃないんだぜ? お前らが御涙頂戴で父親との感動の再会を喜んでくれりゃー、少しは穏便に風俗に渡してやったのに」

「ど……ちにしても、売り飛ばすんじゃん……。サイテー」

「売り飛ばすなんて言葉が悪いよ。俺はお前らに仕事を紹介してやるの! 若いうちにしか手にできない大金が稼げるんだぜ? イコはあんまり需要がねぇかもしんないけどさ! ヒャハハハっ!」


 コイツ———っ、人の神経を逆撫でする天才だ。本気でどうにかしてやりたい。

 せめてここに凶器の一つや二つあれば、躊躇することなく刺してやるのにと本気でイコは考えていた。


「どうせこの女もイコのように誰にでも股を開くような尻がる女だろう? 折角なら金になる方が有意義、有意義。へへ、そそられるよな……コイツは上玉だもんな」


 ニタニタと下品な笑みを浮かべながらシウに手を伸ばしてきた。もう一人の男に至ってはベルトを外して、下半身に手を伸ばしかけていた。

 くっ、コイツらにだけは……絶対にシウを渡してたまるか!


 手足を拘束されて自由に動けない身体で必死に抵抗し、シウを守ろうとした。


「無駄な抵抗を……。もうお前らは俺の奴隷決定なんだよ、ヒヒっ、ハハハ! あー、愉快だねェ!」


 全然、微塵も笑えないっつーの!


 すっかり意気消沈して動かないシウの身体を揺らしたが、全く反応がない。一体どうしたのよ……! アンタの大好きなユウくん以外の男が触れようとしているのよ? もっと抵抗しなさいよ!


「シウ! こんな奴らに屈するな! しっかりしなさい‼︎」


 やっと反応を見せてくれたシウだが、視線が定まっていないように見えた。もしかして何か薬でも飲まされたのだろうか?


「あぁー、娘は傷物にすると価値が下がるからなァ。ちょーっと体が無気力になる薬を嗅がせたよ。ヒヒっ、まぁ完全に意識のない女を犯してもつまんねぇから、少しだけな?」


 この……ゲス野郎!

 つくづくDNA鑑定が偽造で良かったと安堵した。絶対にあり得ない、こんな奴がシウの父親だなんて。


「———私も……った」

「……シウ?」


 小さく呟かれた言葉に安堵しつつ、うまく聞き取れなくて聞き返したが、シウが口にした言葉にイコは胸を締め付けられた。


「私の中にアンタのような下衆の血が流れてるなんて、死にたくなるくらい嫌だったけど……偽造で安心した。絶対にアンタだけはあり得ない」


 勝気に言い切った横顔に愛しいあの人の面影が重なった。ううん、それがたとえ思い込みが見せた幻だとしても十分だった。


「くっ、何だよお前……っ! 可愛げがねェな!」


 穂村の手がシウの胸倉を掴んだ瞬間だった。助手席の窓ガラスにバリバリバリっとヒビが入り、何事かと注視したその瞬間、粉々に砕けて飛び散った。運転席に座っていたフードを被った男に大量のガラス片が降り注いだ。


 そんな絶句の光景の先にいたのは、脱出ハンマーを手にした血塗れのユウだった。彼は血だらけの顔面で開けた窓枠から手を入れて鍵を解除した。


「シウ、イコさん! 大丈夫か⁉︎」


 彼は散らばったガラス片も物ともせず、車に乗り込んで男に掴みかかり、首元に手首を押し当てて喉仏を潰した。咳き込みながらも必死に抵抗する男の動きを止めようと足掻き続けていた。


「テメ……っ、何でここに?」

「彼女の服に……予めGPSを縫い付けていたんだ。テメェがペチャクチャとお喋り野郎だったおかげで助かったよ……!」


 ユウに挑発に完全にキレた穂村は、運転席に身体を乗り出して掴み掛かろうとした。

 やっと出来た隙。その機会を逃すわけにはいかないとイコ達は鍵を開けて車からの脱出を図った。手足が縛られているので思うように動けないが、これで状況は変わったはずだ。


 車から溢れるように逃げ出した二人を血走った目で見る穂村。怒りを露わにした顔でイコ達に手を伸ばしたが、その前に背後から突き飛ばされ、バランスを崩して前のめりに倒れ込んだ。


「な、クソォ、何だよテメェ! 邪魔すんな!」


 何で運転席にいたはずの男が飛びかかってきてんだよと、信じられない顔で穂村はユウを睨んでいた。助けを求めるように運転席の男を見たが、奴はハンマーで殴られたショックで呻きながら力尽きてきた。


「おい……っ、オイ! 何でお前がくたばってんだよォ! ふざけんなァー!」


 穂村の焦りも最もだとイコも信じられなかった。だってフードの男よりも明らかにユウの方が重傷なのだ。けれど彼は死に物狂いで二人を守ろうと抗っていた。


「どけよ、テメェ! この死に損ない、さっさとくたばれよォ!」

「それはこっちのセリフだ! テメェのせいでどれだけ苦しんだと思ってんだよ……! 謝れ、彼女達に謝れ!」


 だが抵抗する穂村の腕がユウの頭に当たり、身体が揺らいだ。その隙に逃げ出した穂村は車に乗り込んで男を揺らして起こそうと企んだ。

 だが、今更逃げようとしても手遅れだった。次第に大きくなるパトカーのサイレンの音。その音が大きくなるのが分かった瞬間、一気に身体中の力が抜けてしまった。


「くそ、テメェ警察呼びやがったな!」


 逆恨みをぶつけるように叫んでいるが、逆に聞きたい。ここまで分かりやすい悪事を働いて通報されないと思ったのだろうか?


「———もう、僕らの前から消えてくれ。くたばれ、クソ野郎」


 ベェ……と舌を出しながら中指を立てる男に歯軋りを立てつつ、穂村は仲間の男を蹴落とし、そのままエンジンを掛けて逃亡を図ろうとした。

 今更逃げ切れるわけがないのに、フルアクセルを踏んで、無謀な運転を繰り広げて———キュルルルルルゥー……とタイヤを酷使する音を鳴らした挙句、ハンドルを切れキレずコンクリートの柱に激しく衝突して停まっていた。


 無惨に潰れた車体に挟まれてた穂村の身体。特に下半身はグチャグチャに潰され、声にならない叫びを喚き散らしていた。


 そして数分後に駆けつけた警察官によって、イコ達は保護された。


 ・・・・・・・・・・・★


「だけど代償は大きく———……」


都合よく現れた脱出用ハンマーですが、ユウ達の居住マンションに車内に取り残された子供を救出する為に備えられていた備品だと思っていただければ助かります^ ^

またシウに付けていたGPSの精度は抜群だったのと、黒塗りワゴンがあまりにも怪しくて判明したと……ご都合主義を発動させてください(>人<;)

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