第123話 何に変えても守りたいモノ
その日、久しぶりにちゃんと眠れた気がした。
きっと迷いが吹っ切れて、覚悟が決まったおかげだろう。しっかりと身体に巻かれ掴まれた腕を解いて、ベッドから降りて思いっきり背伸びをした。
「———本当、悪い奴ばかり得する世の中って、不条理以外の何者でもないな」
とりあえず今日にでも長期で泊まれるビジネスホテルに拠点を移して、シウの体調を取り戻すことに専念しよう。
今日、職場に引き継ぎをして、休暇を申請しなければならない。仕事の代わりは効くけれど、シウはこの世で一人だけだから。
コーヒーを飲もうとキッチンへと向かうと、先に目を覚ましていたイコさんがリビングのソファーに腰掛けていた。昨日はちゃんと眠れただろうか?
「———ごめん。起こしちゃった?」
「ううん、今さっき目を覚ましたところ。イコさんこそ、ちゃんと眠れた?」
少しだけ顔を横に振って、無理やり笑みを浮かべて「仕方ないでしょう」って言い訳を口にしてきた。
「だってシウがあんなに苦しんでいるのに、私が寝れるわけないじゃない」
この人は、なんて意味のない自虐を続けるのだろう?
シウは今、深い眠りについている。それこそ多少の物音にも気付かないほど深く。
「まだ上層にある分、イコさんの実家よりも安心だから休める時に休んでよ。もし奴が入ってきたとしても管理人に連絡したら対処してもらえるし、鍵さえあけなければ対処はできるんだからさ」
それでもイコさんの視線から怯えが消えることはなく、しきりに泳いでばかりだった。
「……僕達は今晩にでもホテルに寝泊まりしようかなと思うけど、イコさんはどうする?」
「え?」
「一人でいるのも怖いでしょ? 僕らと一緒に行く? 何をするにも鋭気を養わないとどうしようもないからさ」
やっと合わさった視線。
守りたいのは……シウだけじゃない。以前とは形が違うとはいえ、大事な家族だ。
イコさんは遠慮するように拒んでいたが、この場合は素直に甘えてくれた方が楽なんだ。
「二人とも準備しててよ。午後には家を出ようと思うから。イコさん、二人でシウを守ろう」
懐かしい言葉に、イコの目頭が熱くなって涙が溢れてきた。あの時はシウがお腹の中にいる時に言われた子供の戯言に近い言葉だったけど、ユウは……まだ同じようなことを言ってくれるのかと嬉しくて、胸が苦しくなって、ぐちゃぐちゃの感情のまま泣き崩れた。
「ありがと……っ、ユウく……、わた、うぐ
……っ!」
そんな子供のように泣きじゃくるイコを見て、初めて彼女の内面を見ることができた気がした。もっと早くこんなふうに素直になってくれれば自分達の関係も違っていたんだろうなって、少しだけシウに申し訳ないことを考えながらイコの肩を摩った。
それでもやっぱり、ユウにとってイコはシウの母親で、仲のいい幼馴染のお姉さんだ。
グッと手を握りしめて覚悟を決めた。
鍵を閉めて、空に向かって大きなため息を吐いた。いつまでも守りのままじゃダメだよな……。二人の安全を確保したら弁護士に連絡して対処してもらおう。
できることは全部して、後悔しないようにしなければならない。もう二度と、家族を失うことは味わいたくない。
エレベーターのボタンを押して待っていると、非常階段のドアがゆっくりと開いた。
二人の男の姿。視線を向けた時にはもう遅かった。油断したらダメだって何度も何度も二人に言い聞かせていた言葉なのに、なんでよりによって自分が———?
身構えた時には相手の男が金属バットを振り上げていて、そのまま力任せにスイングしてきた。瞬きをする間もなかった。こめかみに直撃した痛みは真っ白な火花のような眩暈を起こし、そのまま倒れ込んでしまった。
その後も幾度となく浴びせられた痛み。薄れる意識の中、金髪の男がユウの懐から鍵を奪い、そのまま非常階段へと引き摺れられて、背中を蹴り飛ばして落とされた。
「ハァ、ハァ……はは、ざまぁみろ! お前のその生意気な目が気に食わなかったんだ! そのままくたばっちまえ‼︎」
覚悟していたのに、こんなにも安直で愚直な行動に出るとは思わず、ユウは酷く自分を責めた。相手は二人いる上に鍵を奪われた。このままではシウ達が危ない。
だが意識が朦朧とする上に手足も上手く動かない。だがここで諦めるわけにはいかない———!
「———れか、誰か……っ!」
必死に助けの声を上げるが口内に広がった血が邪魔をする。身体を起こして血を吐き出そうにも上手く吐き出せない。
でもダメだ、ダメだ……ダメだ!
「シウ……っ、イコさ……!」
だがやっとの思いで非常口の階段を登ってドアを開けた時には、もう二人の姿はなくなっていた。
絶望で目の前が真っ暗になって、上手く息が吸えなかった。でもダメだ、あんな奴に屈したらダメだ。まだそんなに立っていないはずだ。今すぐ警察に連絡して……。
震える指で110番を押して、縋る想いで助けを求めた。ちゃんと伝えないといけないのに、悔しさと情けなさで涙が止まらなかった。
「家族を……僕の家族を、守ってください」
全てを伝え終わった時にはもう身体を起こす気力も残っていなくて、そのまま神に願いを乞うような前屈みの形で倒れ込んでいた。
・・・・・・・・・★
「もう二度と失いたくないのに、結局僕はまた守ることができないのだろうか?」
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