第121話 最善を考えれば……

「ゴメン、イコさん。それじゃシウのことをよろしく」

「任せて。今日はもうずっとマンションにいるから安心してていいよ」


 和佳子さんや瀬戸くん達を呼んで、映画の上映会をするとか。それでシウの気分が晴れるならピザでも寿司でもたくさん頼んでくれればいい。


「それとさ、ユウくん……。余計なお世話かもしれないけど、穂村が余計なことをしてくる前に引っ越しとか考えない?」

「引っ越し? それはまた極端な話だね」


 だがイコさんの心配も分からないでもない。

 穂村はこの住所も把握しているし、当然イコさんの実家も知られている。直接シウに魔の手が及ぶ前に身を隠すのが最善だろう。


「けどイコさんは両親のことがあるから引っ越せないだろう? 僕だって仕事があるし、シウも今更高校を変えるのは可哀想じゃないかな?」

「でも恐いの。アイツにシウを奪われるんじゃないかって。正直あの日以来、私もちゃんと睡眠が取れなくて、気が気じゃない」


 イコさんはシウのことばかり心配しているが、自分のことも心配した方がいい。あの類の人間は何をしでかすか分からないし、それにシウにはユウがいるが、イコを守ってくれる人間はいない。同居している父親はいるが、頼りになるかは別問題だ。


「イコさんも……今日はここに泊まりなよ。お義父さんはショートステイとかヘルパーに相談すれば何とかなるだろう? 睡眠だけじゃなくてご飯もろくに食べてないから、イコさんも顔色が悪いよ」

「でもだって、私のせいで———……!」

「あのさ、実は穂村のことでもう一つ疑問があって。頼みがあるんだけど」


 ユウの頼みにイコは黙ったまま耳を傾け、そして頷いた。それでシウの心が軽くなるなら、その望みに賭けたい。


「イコさんはさ、少し自分のことを軽視し過ぎてるよ。シウにとってイコさんは大事な母親なんだから、自分なんかは……なんて言わないで」


 ユウの大きな手がイコの前髪を撫で回し、クシャッとなった笑顔を見せて出掛けて行った。



 ———とはいえ、どうしたもんか。

 正直、イコさんに言われるまでもなく居住地については色々と考えていた。


 だが、せっかく馴染んできた学校生活、交友関係。何よりもやっと修復の兆しが見えてきた母娘関係が引き裂かれてしまうのが心苦しかった。

 やっと掴んだ幸せをあんな男のせいで奪われるなんて、恨んでも恨みきれない。


「僕はシウを幸せにしてやりたいのに……。こんなんじゃ、何一つ与えられないじゃないか」


 幼少期から我慢ばかり強いられてきたシウ。いっそのこと穂村に何らかの対処ができればいいのに。警察や弁護士に相談しようにも実害がない。だが何か起こった時には手遅れになる気がして不安しか残らない。


 ユウは車に乗り込んでエンジンを掛けた。今日にでも神崎さんに相談して社宅の相談でもしてみようかと考えていた。

 今、住んでいる家は賃貸にでも出して。そして落ち着くまでイコさんは常連の飲み屋のママに相談して、住み込みで匿って貰えば一先ず大丈夫だろう。

 イコさんのお義父さんは多少お金が掛かってもいいから、両親同じ施設に入れてあげれば問題ない。


「あんな奴に『家族』を奪われてたまるか———!」


 たとえ血の繋がりがあったとしても、ずっと傍にいたのは、支え合ってきたのは自分達だ。

 培ってきたきたものを信じて、ユウはアクセルを踏んで車を走らせた。


 ・・・・・・・★


「だがその時の僕は気付いていなかった。そもそも穂村は、イコさんやシウのことを『家族』としてすら見ていなかったんだ」


今回は2回更新、12時05分に更新します!

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