第120話 真意がどうであれ、今更———……

「嘘でしょ、穂村がそっちに行ったの? しかもDNA鑑定までして……」


 真実を確認しようとイコさんのところへ向かったユウとシウだったが、現実は絶望的だった。いっそのこと夢だったら良かったのにと何度も嘆いた。

 が父親なのなら、いない方がマシだった。守岡の方が良かったとすら思えてくるから、余程なのだろう。


「けど今更父親だと名乗り出た所で穂村には何の権限もないし、戸籍上シウは私と守岡の子供よ? 穂村に付け入る隙はないんだけど」

「けどアイツ、僕とシウを引き離そうとしてるようだけど? 学校への送り迎えは僕がしてるから良いんだけど、流石に週末は……シウが一人になるから心配で」

「それなら週末は私がこっちに来ようか? そもそも私のせいだし……。シウもユウくんも本当にゴメン」


 この事実はイコさん自身も知らなかったことだし、過去のことを悔やんでも仕方ない。

 そもそも守岡の子供ではないと判明した時点で諦めていた事実だったのだ。きっとこの場にいる皆がだと思っているだろう。


「こう言ったら失礼かもしれないが、とてもまともな仕事をしている様な人に見えなかった。イコさんは穂村のことは何か知らないん?」

「最近、東京から出戻ってきたって話は耳にしたけど……。借金もあって酷い状況だって近所の人が話してたわ」

「ちなみに結婚は?」

「知らない。ちょっと調べれば分かると思うけど……」


 イコさんに結婚を迫るわけでもなく、ただシウに執着しているだけの様な気がする。今も昔もシウの生活費は全てイコさんが一人で出してきたというのに、手が掛からなくなってから名乗り出るなんて随分と虫のいい話だ。


「僕はいいのかな? このままシウと一緒に住んでいても」

「どうしたの? 何を今更臆病風に吹かれているの? ユウくんとシウは私公認の婚約者なんだから気にしないでよ。たとえ穂村が何かを言ってきた所で何の効力もないんだから」


 認知すらしていない法律上、赤の他人。

 不思議だ、結局血の繋がりではなく戸籍が親子を決めるのだから。

 今になってイコさんが守岡とちゃんと籍を入れていてくれて良かったとユウも安堵した。そうでなくても関係はない、だけれども……。


 人間って生き物は追い込まれると何をしでかすか分からない。それが本当に恐ろしくて、油断できないんだ。


「でもあの人の血が流れていると思うと、なんか嫌。こんな形で父親なんて知りたくなかったよ」

「シウ……。ゴメンナサイ、全部お母さんが悪いの、私が悪いの……」


 小さく縮こまって怯えるシウを抱き締めるイコさんを見て、胸が苦しくなった。あぁ、守岡……何でアンタは此処にいないんだよ。

 歯痒い思いを消すように、奥歯を噛み締めて必死に耐えた。


「大丈夫、僕が二人を守るから」


 あの真意の見えない男から二人を守れるのは自分しかいない。

 仮にも父親なのだから下手なことはしないだろうと思うが油断は禁物だろう。


 だって娘の髪を掴んでまでDNAの証明毛根を欲しがるようなやつに常識や良心なんてあったもんじゃない。


「———ねぇ、ユウくん。任せっぱなしの私が言うのも変なんだけどシウだけは……シウのことは守って欲しいの。お願い」

「うん、分かってるよ。シウのことは死んでも守るから」



 その日からシウは平日はユウ、週末の昼間はイコさんと過ごす様になっていた。学校側にも事情を話し、不審な人物が入ってきた時には気を付けてもらうように気をつけてもらったし、和佳子さんや瀬戸くんにも協力してもらうことになったのだが、決して拭われることのない不安や恐怖。


 そんな思いを抱きながら、とうとうシウは7月を迎えて18歳の誕生日を迎えてしまった。本来なら幸せな気分で迎えるはずだった誕生日をこんな状況で迎えることになり、自他ともに複雑な思いだった。


 学校と家の往復だけの引き篭もりにも近い生活。せめて食事だけでもと盛大にしてあげたが、食欲が失せていたシウはどんどんと痩せ細ってしまった。

 ただでさえ細かった身体が病的なほどになって、痛々しいってレベルではない。


「……シウ、ゴメン。せっかくなのに何もしてあげられなくて」

「ううん、ユウは何も悪くないから。悪いのはあの男でしょ?」


 あの歯並びの悪い金髪。最後に接触して以来、姿を見せてこないのがますます気持ちが悪かった。

 もしかしてユウ達が必要以上に警戒しすぎたのだろうか? それとも諦めてくれたのか……。


 何にせよこれ以上、シウの行動を狭めるのは可哀想だと判断したユウとイコは、徐々に警戒を緩める方向に変えていった。もちろん一人での行動は控えることと、常に防犯ブザーとスマホを持ち歩く様に何度も念だけは押した。


 それともう一点、穂村の状況を把握するためにユウは民間の調査事務所に依頼を頼んでいた。

 そこで判明したのは、穂村にはすでに二人の子供がおり、借金が原因で離婚していること。現在は無職で消費者金融などに追われていること等、救いようもない屑だという事実しか知ることができなかった。


「子供は小学生以下。まだまだ金が掛かる子ばかりで、養育費もまともに払えていなくて面会拒否されているとか。そんな奴が今更どのツラ下げてシウに会いにきたんだろうな」


 そんな報告をイコは黙って聞くことしかできなかった。

 子は親を選べない———それにしてもパートナーは選ぶことができたのだ。若気の至りとはいえ、男を見る目がなかった自分を悔いる。

 シウに合わす顔がないと何度も何度も後悔した。


 ・・・・・・・・・・★


「私は———シウのために何ができるんだろう? もう何もかもが嫌……自分のことが嫌いになりそう」


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