第115話 我慢する必要あるのか?
雪村が連れてきたのは七輪の炭火で鳥を焼く煙くさい大衆居酒屋で、多くの仕事上がりのサラリーマンで溢れていた。
中には女性のおひとり様も目に入ったが、ハイボール片手に豪快に飲む姿に年配のおじさんにウザ絡みされて面倒くさそうと横目で見ながら、案内された席へと進んでいった。
「永谷もスーツ脱いでた方がいいよ? それか家に帰ってからファブ◯ーズをする?」
「体臭気にするおっさんになったみたいで切な……! でも煙の匂いがつくか、これ」
「僕なんて作業着で仕事するじゃん? 和佳子ちゃんに『お父さんと同じ臭いがする』って言われてから消臭剤が手放せなくなったよ」
雪村は愚痴のつもりで言ったのだろうが、誰が聞いにても惚気にしか聞こえないだろう。いつの間にそんな匂いが分かる距離までお近づきになったのだろうか?
「永谷はシウさんに臭いのこととか言われない?」
「枕はマメに洗うようにしてるけど、気にされてるんかな? 自分の知らない所で臭いって言われてたらショックで心臓止まりそう……」
「まぁ、永谷は営業だから日中汗をかくことがないから、大丈夫なのかもね」
ついこの間まで新入社員だと思っていた自分達も気付けばアラサーだ。しかも前妻とも同じ頃に別れて、今度は若い子と付き合って———つくづく縁のある同期だと二人で笑い合っていた。
「とりあえず、雪村おめでとう」
「永谷のおかげだよ。ありがとう」
キンキンに冷えた生のジョッキで乾杯し、グイッと飲み干した。久しぶりに二人で飲んだビールは格別に美味く感じた。
「くぅー、美味い! そういや僕も永谷に聞きたいことがあったんだけど、シウさんって確か娘だったよね? どういう経緯でお付き合いすることになったんだ?」
口に含んでいたビールを吹き出しそうになったのをギリギリで堪えたが、それでも蒸せて大げさに咳き込んだ。いきなりにも程があるだろうと、呼吸を整えながら雪村を睨みつけた。
ややこしい関係を一から説明するのは大変だが、仕方ない。ユウは順序を追って説明をした。
「———マジか。永谷、よく奥さんを許したね」
「許すも何もシウにとっては母親だし、仕方ないだろ?」
「それはそうだけど……。いや、とても真似は出来ないよ。僕も前から永谷のことはリスペクトしてたけど、そこまでストイックだとは思ってなかったよ」
こうして他の人に話す機会がなったので変な感じがするが、冷静になってみると確かに変な関係だと不安になってきた。
娘だと思っていた女の子と恋人同士、しかも11歳差なんて、有り得ないもんな……。
「でも僕も和佳子ちゃんと9歳差で大差ないから、永谷達のことはスゴく参考になるなー。ちなみにヤった?」
頬杖をつきながらニヤリと笑って、挑発的な態度にグッと気持ちを堪えながら「まぁ……」と頷いた。
「え、ヤッたんだ? 嘘、真面目な永谷のことだから大人になるまで我慢するとか言ってるかと思ったのに!」
「そういう雪村はどうなんだよ! 和佳子さんとは、その……」
すると持っていたビールジョッキをガンっと勢いよく置いて、据わった目つきで睨み付けてきた。
もしかして聞いたらいけないことを聞いたか?
たじろぐユウの手を掴むと、その話題を待っていたんだと言わんばかりに話してきた。
「正直、僕としては出来る限り真剣に付き合いたいんだ。ゆくゆくは結婚だって視野に入れているし、遊びの関係だと思われたくない。だからちゃんと和佳子ちゃんのご両親に挨拶をして、お互いのことを知ってからだと思っているんだけど」
だけど……の後には、大抵良くない言葉が続く。大体予測はつくけれども。
「最近の子って、僕らが思っている何倍も進んでいるんだね……。それとも僕が真面目すぎるだけなのか?」
「え、何々? 何があったんだよ! そんなボカされたらアドバイスも出来ないし!」
今度はユウがからかう番だと言わんばかりに雪村を茶化した。そう、高校生ガールズは己の欲望のままに好きをぶつけてくるが、大人達は理性と戦って大変なのだ。やっと分かり合える同志が出来て、ユウも一人で抱えていた背徳感が軽くなっていた。
「僕はただ和佳子ちゃんを大事にしたいだけなのに、なんで分かってもらえないんだ! 僕だって今すぐエッチして気持ち良くしてあげたいし、気持ちよくなりたい! なのに三ヶ月……いや、せめて一ヶ月は待ってほしいと思うのはワガママなのか⁉︎」
「そうだよな! 何で耐える自分が悪者になるんだって気持ちになるよな? 僕も同じだったからすごく分かる! でも無理、結局折れるのは僕たちの方だって……。きっと雪村もあの
ユウの体験談に思わず生唾を飲む。
きっと雪村もすでに洗礼を受けているのだろう。そりゃそうだろう、あのエロサンタコスを用意した和佳子さんだ。シウ以上の強者だということが容易く想像できる。
「しかも和佳子さんも20歳で結婚希望だってシウから聞いたけど、雪村は聞いてた?」
「やっぱりそれって本気だったのか! シウさんと一緒に色々調べたとは言っていたけど……!」
それにしても雪村はまだあの猛攻撃に耐えていたのかと、感心しながらジョッキに口をつけていた。
初々しい、そんな時期が自分達にもあったかなと懐かしみながら感傷に浸っていた。
「———ん、あれ。ゴメン、和佳子ちゃんからメッセージが届いていた。ちょっと返していい?」
「いいよ、気にしないで返してあげてよ」
さすが付き合いたてのカップルはマメだなと思っていたら「なぁ、永谷。今日、和佳子ちゃんがシウちゃんのところにお泊まりしてるって」と言葉を告げられ、またしてもビールを吹き出しそうになってしまった。
ちょっ、何も聞いていないんだが⁉︎
「だからその、僕にも永谷の家に寄ってほしいって言われたんだけど……どうする?」
ど、どうするも何も言われるがまま言うことを聞くしかないのだが……ユウは今まで耐えてきた雪村に手を合わせた。
きっとその頑張りも今日でお終いだろうなと、両手を合わせて祈りを捧げた。
・・・・・・・・・・★
「そう、女子のエロ全開パワーを前に男はいつだって無意味! 搾り取られるだけ取られろ、雪村!」
完全趣味回、すいませんでしたm(_ _)m
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