第113話 いつでも力になるから頼りなさい!

 後日、無事に守岡の葬儀を終えたイコさんは、久々にユウのマンションを訪れていた。


「あの時は二度と来ることがないと思っていたのに、人生って本当に何があるか分からないわね」

「それくらい酷いやり合いをしたからね、僕らも。僕もまさかこんなふうに語らう日が来るなんて夢にも思っていなかったよ」


 精進明けにお寿司を取り三人で語らった。

 イコさんは病気を患い下半身麻痺になった母親と手のかかる父親の面倒を見ながら同居することを決意したらしい。幸いあのゴミ屋敷も綺麗に掃除し終えた後でまともな生活が送れるようになったとか。


「と言っても、ウチのお母さんもだいぶ弱っているし、父も弱気になっているから。あまり長くないかもしれないけどね。私ってつくづく家族運がないわね」

「そんなことないよ、お母さん。お母さんには私とユウがいるんだから、安心して」


 心強い言葉を娘からもらい、思わず涙ぐんだ彼女を見て、何とも言えない感情に襲われた。かつての自分も同じように思っていた。

 自分のせいで両親を失い、イコさんにも裏切られて絶望しかかったけれど、自分は第二のスタートを切ることができた。

 イコさんもまだ若いのだから、十分次のスタートを切ることができると思ったのだが、その選択をイコさん自身が否定した。


「もう恋愛は懲り懲りよ。守岡以上に愛しく思える人が現れるとも思えないし、また新たな関係を築くもの煩わしくてね。それより私よりも二人はどうなの? いつ籍を入れるの? やっぱり18歳になった当日?」

「それに関してはまだ考え中。私は今すぐにでも結婚したいけど、ユウが躊躇ってて」


 躊躇ってとは失敬な。

 これでも自分なりにかなり考慮し始めたというのに心外だった。確かに自分の歳の差を考えれば少しでも早く子供を作りたいが、若い内にしかできないこともある。


 小さい頃から我慢ばかり強いられてきたシウには後悔しないように過ごしてもらいたいのだ。


「えぇー……? ねぇ、ユウくんさー、それっておかしいことを言ってるって気付きてないの?」

「おかしいって何が?」

「この場合、一番シウに我慢させているのはユウくんじゃない? だってシウはユウくんのお嫁さんになりたくて頑張ってきたんだから」


 頬杖をつきながらニヤリと笑みを浮かべるイコさんに同調するように何度も頷くシウ。こんな時ばかり親子ならではの連携プレイを見せつけてズルい。


「それにもし子育てがシウの人生のネックに考えているのなら、私も出来る限りサポートするから安心して。ユウくんがシウの面倒を見てくれたように今度は私が孫の面倒を見てあげる。それが恩返しってもんでしょ?」

「イコさん……!」

「お母さん!」


 それなら確かに心強い。前のイコさんならともかく、今は頼りになる———頼りに、なる?


「いや、イコさんって子育てできるの? 家事も満足にできないのに」

「なっ……!」

「しかも子育ても17年前だし、勘が鈍っても仕方ない」

「お母さん……せめて自分の身の回りのことができるようになってから手を上げようね」

「シウまでそんなことを言うの⁉︎」


 こうして何気ない話題で笑えるようになるまで、どれほどの時間がかかっただろう。本当はいつでも手に入れることができたものなのに、前の自分達は隠し事を守ることで精一杯で他の人に気配る余裕もなかったんだ。


 胸のつっかえが取れたことで余裕が出て、前に進めたのなら悪いことばかりではないと思い知らされた。


「でも本当、保育園への送り迎えとか手伝えることはなんでするから安心して。そもそもユウくんの稼ぎならシウと子供くらい養えるでしょ? 男見せてドーンと言っちゃいなさいよ!」


 結局、ユウのコンプレックスだった本人が背中を押す結果となった。簡単なことではないと決めつけていたのはユウ自身で、実際はそんなに難しいことではないのだろう。

 そしてイコさんをタクシーに乗せた後、改めてシウと話すことにした。

 喪服に身を包んだ彼女は憂いを帯びていて、少し大人びて見えた。一つに結った髪を解いてキッチンのケトルに水を入れている後ろ姿を見た瞬間、いたたまれない気持ちに襲われそのまま背後から抱きしめてしまった。


「っ、ユウ?」


 驚いた声を上げたシウをそのまま腕に包んだまま、自分のワガママばかり押し付けていたことを反省した。

 常識とか世間体とか、シウのことを考えた故とか、調子のいいことばかり並べて、本来聞かないといけないことから逃げてばかりだった気がする。


 例えそれがどんな無計画なことでも、聞こえないフリを続ける理由にはならない。


「シウはさ、本当はどうしたい? シウの本心は……どう?」


 その問いによってシウが想像していなかった答えを述べたとしても、ちゃんと受け止めよう。

 最初は戸惑っていたシウだったが、少しずつ平常心を取り戻し、そのままユウの甲に手を重ねた。伝わる体温おんどが心地よい。

 シウは目を瞑り、少しだけ体を委ねて体重を預けた。


「少し前までは今すぐにでも欲しかったよ? でも今はユウが言ってることも理解できたし現実も見えてくるようになった。お母さんはユウに甘えればいいって言ってたけど……昨日話したように少しだけ時間が欲しいかな?」


 きっと瀬戸くん、寿々さんのことなど色んなことを思っているのだろう。そして今は和佳子さんという同じ立場の仲間ができて色々思うところがあったのだろう。

 無鉄砲で突っ走っていた彼女の姿はもうなくなっていた。だがそれは色んな意味で無くしていたパーツが埋められ、平穏を手にしたからなのだろう。


「そっか、それじゃ……それまでは二人きりの時しか作れない思い出をたくさん作ろっか」


 ユウとシウは顔を見合わせ、そのまま笑い合った。これで目標は定まった。

 二人の結婚予定はシウが20歳になった日、7月5日だ。


 ・・・・・・・・・★


「うぅ、私まで神崎さんと同じ扱い? これでも一児の親なのに⁉︎」

「イコさん、どんまいです。この作者、残念ヒドインにはトコトン冷たい冷酷作者ですから!」


 ……そんなことはないんですけどね💦

 ちなみにユウは2月生まれの設定です。イコさんは6月。シウが20歳の時に結婚するとなると、ユウは31歳の時に結婚……。まぁ、いっか(適当)


 次回の更新は6時45分になります。

 気になる方はフォローをお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る