最終章 二人の未来

第112話 君と一緒に歩く未来

 シウと共に過ごしたクリスマスから数日後、イコさんから守岡の件で連絡が入り、少ししんみりとした空気が漂った。

 色々と波乱に満ちた人生を送ってきた守岡だが、最期は愛するイコさんに看取られ穏やかに眠るように逝ったようだ。


 この時、ユウの脳裏に一人の人物の顔が過った。最後は最悪な終わり方だったとはいえ、長い間人生を共に過ごしてきた守岡の元奥さん。あの人に連絡をするべきか迷っていた。

 連絡をするのが優しさなのか、しない方がいいのか分からないままシウに相談を持ちかけた。


「私がお母さんの立場なら教えないで欲しいけど……とりあえず簡潔でいいから伝えてあげたらいいんじゃない?」

「やっぱイコさんの立場としては微妙だよな」

「でも何も知らないまま終わるのも後味が悪いし、伝えるだけ伝えたらいいんじゃない?」


 その後のことはマダムに委ねて。ユウは覚悟を決めて発信のボタンを押した。



『———そう、あの人亡くなったの』


 あの強気な印象が強かったマダムだか、少し哀愁の漂った声色に少しは情が残っていたのだと伝わってきた。


「一応、家族葬って形で見送ることになると思うんですが、どうしますか?」

『参列は遠慮させてもらうわ。ただ一応火葬の日時だけは教えてもらえるかしら? その時間に空に祈りを捧げさせてもらうわ』


 品のある行動に思わずユウも感嘆した。本妻となったイコさんへの気遣いと共に歩んできた守岡への愛情を感じ、尊敬の意さえ芽生えた。


『ふふ、そんなのじゃないわよ。だって今の奥さんって若いんでしょ? そんな人と対峙したところで惨めな思いをするだけだからよ。それに私がこう思えるのはあなたのおかげよ、永谷さん。嫌な役割を担ってくれてありがとう』


 思い掛けない感謝の言葉を言われ、ユウは複雑な気持ちになった。自分一人で責任を持てなかったのでマダムに判断を委ねただけだ。だからそんな大層な言葉を送られるのは間違っている。


『それでもいいのよ。久々にあなたの声が聞けて良かったわ。お互いに幸せな余暇を過ごしましょうね』


 そう言って通話は切れた。

 隣で一部始終を聞いていたシウもまた複雑な表情を作っていた。


「どうするの? 私達も参列した方がいいのかな?」

「家族葬を選んだったことは、来てほしいと思われているんじゃないかな? イコさん一人で見送るなら火葬だけでも十分だし」

「そうなんだ。多くの人に見送られるのが幸せなのか、大事な人さえ側にいてくれればいいのかお葬式って分からないね」


 実際、ユウも両親の葬式の際は多くの人に参列してもらって救われたところはあった。これだけの人に慕われていたんだと誇らしく思ったものだ。

 だが守岡の場合は全てを失い、唯一残ったのがイコさんだったのだ。


「僕の時はシウがいてくれたらそれでいいから。規模は小さくてもいいからね」


 ポロッと溢れた言葉だったのだが、それがシウの逆鱗に触れたらしく酷い癇癪を起こし出した。バシっと肩に一撃を喰らったのを皮切りにひどい連打を喰らってしまった。

 痛い、本当に痛い!


「ま、待って! そんな叩かないで!」

「ユウが縁起でもないことを言うからだよ! 死ぬなんて軽々しく言わないでよ……許さないんだから!」


 きっと母とその恋人の歳の差を自分に重ねたのだろう。守岡の死は寿命よりも遥かに早い訪れだったが、シウに予期せぬ不幸が訪れない限りユウが先に死にゆくのだ。

 そう考えた時、ユウの中で辿り着いた結果が自分以外にも家族を作る。


 そう子供を残すことだった。


 それまで苦労してきたイコさんを間近で見ていて、若くで子供を産むことに抵抗を覚えていたが、先延ばしにすれば自分が年を取っていく。しかも子供は欲したからと必ず恵まれるものではない。

 もしシウが望むなら、予定より早く決行してもいいのかもしれない。


 ユウはシウの手を取り、覚悟を決めたように彼女との未来を見据えた。

 ずっと欲しがっていた家族……。命を、人の人生を背負う重さを考え直さなければならないのかもしれない。


「シウは将来、どうしたい? 例えば大学に行きたいとか専門的な学校に行きたいとか」

「え、何? 急にどうしたの?」


 シウの将来を考慮しつつ、自分達の計画も考えなければならない。未来を考えるのは楽しいことばかりではないのだ。


「子供、どのタイミングで作るのが良いのか考えてた。早い方がいいかなと思ったけど、シウにしたいことがあれば、それが最優先なんだけ……ど」


 さっきまで怒っていた顔がキラキラと目を輝かせて、口角なんてムズムズして喜びを隠し切れないと言わんばかりだった。


「すぐすぐすぐ! 今すぐにでも欲しい!」

「い、今すぐは流石に早い! せめて二十歳になってからだけど!」

「それじゃ短大出て、いずれ家で仕事出来るように色んな資格を取る! 実は和佳子ともそんな話をしてたんだ。雪村さん、前の奥さんと子供ができなかったのが幸いとも言っていたけれど、やっぱり諦め切れなかったって。だから和佳子も早く子供産みたいんだって」


 雪村さん、もうそんな話までしているのか!

 まだ出逢って数日だというのに展開が早過ぎると驚きを隠し切れなかった。


 それよりも高校生ながら自分の人生を考えていたのだと感心もした。まだ曖昧過ぎて詰めは甘いが、シウなりに考えてくれたことは嬉しかった。


 朧げにしか描いていなかった未来が少し輪郭を持ち始め、ユウの中でも何かが変わり始めてきた。目の前で輝かしい未来を夢見ているシウを抱き寄せて、力一杯包み込んで縋り、そして静かに目を瞑った。


 ・・・・・・・・・・★


「亡くなる命と新たな命……。僕らに思い通りの未来は紡ぐことは出来るのだろうか?」


 出来るのだろうかではなくて、頑張るんだよ、ユウ。一人じゃない、大丈夫。


 次の更新は6時45分を予定しています。

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