第106話 ・・・★ クリスマス流血事件 【水城視点】

 ・・・★ 水城side...


 クリスマスイブ当日、水城は花屋で50本の薔薇を購入して、迅る気持ちを抑えつつ家へと急いだ。


「きっと喜ぶだろうなー。あー、こんなことならもっと奮発してプレゼントを用意すれば良かったー」


 せっかく二人で過ごす初めてのクリスマスだ。サンタのコスプレでも買って、胡桃を驚かせば良かったと後悔するほど水城はソワソワしていた。


 鍵をあけてドアを開けると部屋に灯りがついていて、暖かい空気が肌を包み込む。そしてキッチンへ向かうと愛しい彼女が———……。


「———え?」


 扉を開けた瞬間に飛び込んできたのは、手から流れる血を必死に止める顔面蒼白になった胡桃の顔。ぺたりと座り込んで「れ、廉くん……」と震えるように名前を呼んだ。


 カッと頭に血が昇り、花束を投げて駆け寄った。


 何で? どうして?


「どうしてこんなことをしたんだよ、胡桃ちゃん!」


 感情に任せて怒鳴った声に胡桃はビクッと怯んで身体を縮めた。だがこの時の水城には気遣う余裕もなかった。

 自傷癖があるのは知っていたけど、一緒になってからはそんな予兆も見せなかったし、何よりも笑っていたから……。


 もう、胡桃を傷つけるものはどこにもないんだから、大丈夫だと思っていたのに。


「廉くん、これは———……」


 口を開いた胡桃を抱き締め、必死に引き留めた。死なれたくない、失いたくない———……。


「何でこんな真似を……! ダメだよ、胡桃ちゃん! 今度こんなことをしたら絶対に許さない! 俺は胡桃ちゃんを大事に思っているんだから! 胡桃ちゃんが痛い思いをするなら俺も同じ傷を負う! 君一人だけ痛い思いをさせるなんて……!」

「廉くん、待って、その……!」


 胡桃は水城の身体を少し突き放し、タオルを取って見せた。

 切れていたのは指先。手首ではなかった。


「晩御飯を作っていた時、思ったよりも深く切っちゃって……」

「———え?」

「だから、その……リスカとかじゃないから、安心してね?」



 ———なんてこった! なんて勘違いをしてしまったんだ!


 ポタポタと落ちる鮮血を見て、思わず勘違いしてしまった! 恥ずかしい、胡桃ちゃんはそんなつもりじゃなかったのに、変な心配をして!


 穴があったら入りたい———っ‼︎


 いや、それどころじゃない! 怪我をしていることには変わりない! 直ぐに病院に連れて行って処置をしてもらわないと!


「大丈夫だよ、このくらい。消毒して絆創膏をしていれば」

「ダメだよ! 胡桃ちゃんの大事な身体に傷が残ったらどうするんだよ! 今すぐ病院に行こう⁉︎」


 必死に手を引っ張る水城を見て、胡桃は無言のまま涙を流し出した。頬を伝って流れる一筋の涙がポツンと床に落ちた。


「えぇー⁉︎ 俺、また何かやらかした? 嘘、ごめん、あの、俺は!」

「ち、違うの……嬉しくて。私の為に廉くんがこんなに一生懸命になってくれて」


 指先の傷は相当痛いはずなのに、胡桃は笑いながら涙を拭っていた。

 そんな当たり前なのに……。大事な人を心配するなんて普通のことだ。

 だが胡桃にとってはその当たり前が特別だったのだ。そんな胡桃の感じ方に歯痒さを覚え、水城は包み込むように抱き寄せた。


「廉くん……?」

「俺にとって胡桃ちゃんは唯一無二の大事な人なんだよ……胡桃ちゃんが泣いていたら俺も胸が痛むし、笑ってくれたら嬉しくなる。だから俺は、胡桃ちゃんを世界で一番幸せにしたいんだよ」


 水城の抱擁を全身で感じながら、胡桃の顔から緊張が解けて柔らかくなっていった。


『なんて優しいんだろう……。本当に私には勿体無いくらい』


 そんなことを思いながら胡桃も水城の胸元に顔を埋めて、そのまま身体を預けた。


「廉くん、ありがとう。私も……廉くんにずっと笑っていてほしいよ。ずっと、その笑顔を隣で見ていたい」

「……胡桃ちゃん」

「大好き、ずっと……一緒にいてね」


 この時、初めて胡桃の方からキスをしてくれた。先っぽだけが触れるような、キスと呼んでいいのか分からないほど一瞬の接触だったが、それでも水城の気持ちは大気圏を突き抜けるほどの幸福を感じていた。


「うぅ———っ、胡桃ちゃん! 愛してる! 俺は世界で一番胡桃ちゃんを愛してるよ!」

「れ、廉くん! 恥ずかしいからそんな大きな声で言わないで……!」

「いくらでも叫ぶよ、俺は胡桃ちゃんを———んぐっ‼︎」


 そんな水城の口を慌てて塞いで、真っ赤な顔で「……めっ!」って怒ってきた。

 それよりも胡桃の柔らかい手が顔に! むしろ全てがご褒美、全てが拷問! 感情を抑えられない! 今直ぐ抱き締めて押し倒したい!


 でも耐えろ、今は試練の時だ! きっと胡桃ちゃんの傷が癒えた時には……! そう思いながら胡桃の顔を覗き込むと、安心したように微笑んだ表情が!


『うわぁぁぁぁぁっ! 大好きだァァァァ‼︎』


 水城の我慢の日々はまだまだ続きそうだ……。



 ・・・・・・・・★


「あれ、水城。薔薇100本じゃ?」

「ん、永谷先輩何を言ってるんですかー? 本当に100本もあっても邪魔っすよ? 俺は常に現実的に生きる男ッス!」

「………あっそ」


水城もHAPPY DAYSの為に頑張れ!

次回は6時45分更新です✨


次は……和佳子ちゃんと彼氏さんのクリスマスです^ ^

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