第100話 晴れの日の花嫁
そして週末、その日は青空が広がる空気の澄んだ清々しい朝だった。ユウはウェディングドレスのレンタル会場へと足を運んでいた。
早朝にも関わらず勤しんでいるスタッフに状況を確認すると、彼女はニッコリと営業スマイルで対応してくれた。
「永谷様、本日もご利用ありがとうございます。先ほど準備を終えましたので、いつでも大丈夫ですよ」
案内された部屋へと向かうと、そこには綺麗に仕上げられた花嫁の後ろ姿が見えた。さすが今日の主役だ……。この前も美しいと感嘆したが、今回も違った意味で涙が出そうだ。この場に立ち会っただけで目頭が熱くなる。
「朝早くから大変だったね。それじゃ……行こうか」
ユウは花嫁に手を差し出し、ゆっくりと部屋を出た。歩くたびにヒラヒラと
車で移動して病院に着いたユウ達は、改めて主治医に状況を聞いて今日のスケジュールを打診した。状況は芳しくはないもの、無理さえさせなければいいと曖昧な判断を下された。
———その無理さえさせなければというのが難しいんだ。
「いいんじゃない? きっとお父さんも幸せな出来事で死んだなら本望だよ」
末期患者に対してシレっと毒を吐くシウにヒヤヒヤしながら、不機嫌になった医師を宥めた。これは言葉のあやで、この子も悪気はないんです……多分。
「でもそうでしょ? 何もないまま生きながらえるよりも、望みを叶えて全うした方が幸せだよ。私がお父さんなら、そう思う」
最終的にはシウの言葉に頷いた一同は、計画を実行することに決めた。
部屋を覗くと、守岡は相変わらず陽当たりのいい部屋で良い意味でも悪い意味でも普遍的な時間を過ごしていた。
いや、変わっていないなんて願望や思い込みだったのかもしれない。確実に進行している病い、どんどん痩せ細り骨と皮だけになって見ているこっちが苦しくなる。
「———守岡……いや、お義父さん。ご気分はいかがですか?」
ユウが口にするとどうしても皮肉にしか聞こえないが、きっとこういう言い方しかできないだろうなと思いながら声を掛けた。
「……おう、お前か……随分遅かったな」
「遅いも何も仕方ないだろう? そもそもアンタが病気になんてならなければ」
だがこれより先の言葉を守岡に言っても仕方ない。コイツもなりたくてなったわけじゃないし、この状況を一番悔やんでいるのも守岡本人だ。ユウは言葉を濁すように咳払いをした。
「先日、お義父さんの希望通りにシウの花嫁姿を撮りに行ってきましたよ。綺麗だった……写真、イコさんに預けたんだけど、見てくれました?」
「……あぁ、見たよ。悪かったな、本当は俺とイコの二人で見たかったんだけどな」
やはり守岡は、イコさんと二人で娘の晴れ姿を見るのに拘っていたのかとユウも悟った。まさか自分の病がこんなに早く進行するなんて思っていなかったのだろう。こんな病室で写真を眺めても意味はないんだよと悔いが伝わってくる。
それともう一つ、彼は本音を隠してるに違いないとユウは確信していた。
「お義父さん、アンタって人は本当に素直じゃないな。本当はさ、シウの花嫁姿じゃなくてイコさんのが見たかったんだろう?」
「あ? お前、何を……」
ユウは入口のドアを開けて、花嫁を招き入れた。純白のドレスを纏った美しい花嫁をエスコートしているのは娘のシウ。
そう、ユウはイコの花嫁姿を見せる為にドレスをレンタルしたのだ。
大きく見開いたギョロ目と情けなく半開いた口。
そんな守岡の元へと一歩、また一歩と近付くイコ。細く、照れるように微笑む彼女をユウもシウも見守るように眺めていた。
「………なんで、お前が?」
「バカ、そんなことよりも言うことがあるでしょ?」
シウのドレス姿は雑誌のモデルが魅せる為に撮った写真のような完成度だったが、イコさんのは……やっと着れる時が来たと言うべきか、見せるべき人に纏ったしっくりとくるドレス姿だった。
年甲斐もなく肌が露出したドレスなんて恥ずかしいと言っていたけど、その佇まいはとても綺麗だった。愛する人の為に纏ったドレス姿は誰も勝れないほど尊かった。
「………イコ、綺麗だな」
「ありがとう。これ、シウとユウくんが準備してくれたの。私もビックリしたんだから」
ベッドの脇に座り、ゆっくりと顔を寄せ合う。既にたくさんのチューブに繋がれた守岡とキスを交わすことは難しかったけれど、代わりに指先で唇を撫でて、微笑んだ。
「残念だな、こんな綺麗な花嫁を———もう俺は抱くこともできないのか」
「バカね、アンタは。こんな時でもエッチなことしか考えていないの?」
「はは、俺とお前の出会い方も、そんなもんだっただろう……?」
真昼の陽射しが二人を優しく照らす。まるで神から祝福されているような儚い光景を写真に収めながらシウも涙を流していた。
「お母さん……っ、可哀想」
やっと結ばれた人がどんどん弱っていく様を見届けなければいけないのは苦しかっただろう。ユウはシウの肩を寄せて慰めた。こんな切ない思いを彼女には……シウには味合わせたくない。だがいつかはそんな日を迎えなければならない。だから後悔しないように、たくさんの思い出を作りたい。いつかユウがいなくなった時に淋しくならないように、たくさんのものをシウに残していこう。
「シウ、しばらく……二人だけにしてあげようか」
優しく見つめ合うベッドの二人を残して、ユウ達は病室を出た。その瞬間、張り詰めていた糸が切れたように号泣したシウを抱きしめて、ユウも静かに涙を流した。
・・・・・・・・・・・★
「良かったよ、イコ。最期にお前の綺麗な姿を見ることができて……。もう、悔いはない」
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