第101話 お父さん、お母さんへ

 しばらく泣きじゃくっていたシウを抱き締めて宥めながら、この涙は祝福の涙なのか、同情の涙なのか……はたまた違う意味を含んでいるのかと考えていたが、結局分からず仕舞いだったとユウは目を閉じた。だが一つ言えるのはやっぱりシウを守りたい、彼女を悲しませたくないという気持ちが一層強まったことだった。


「お母さん、本当に綺麗だったね。ずっと守岡さんのことが好きだったんだね」


 少し前までは複雑な心境だったが、今となっては嫉妬も何も感じない。やっと心から二人のことを祝福することが出来るようになったとユウも安堵した。


「今度はユウのご両親に挨拶しないと……。確かクリスマスだったよね?」


 シウの言葉にユウは再び目を閉じ、一層強く腕に力を込めた。

 そう、シウとの結婚式の写真を撮った理由はユウの両親に報告する為だった。クリスマスという華やかな日に水を差したくないと、ここ数年は一人で墓参りをしていたのだが、今年はシウと二人で行こうと約束をしていたのだ。


「でも本当にいいのかな? せっかく恋人になって初めてのクリスマスなのに」

「ユウってバカなの? 一緒に過ごせればそれで幸せだし、何より好きな人のご両親に紹介してもらえるんだよ? それ以上に幸せなことはないから」


 それに———と、シウはこう言葉を続けた。


「クリスマスのあの日から、ユウはずっと苦しんできたでしょ? 忘れさせたいわけじゃないけど、楽しい思い出を作って天国のおじさんとおばさんを安心してあげよう? ちゃんと幸せなユウの姿を見せてあげようね」


 自分が渡したプレゼントのせいで命を失った両親。ずっと悔やんで悔やんで……クリスマスが来るたびにユウは自分を責め続けていた。

 もしかしたら人を不幸にしておきながら、自分だけ幸せになるなんてと、どこか一線を引いていた節もあったのかもしれない。

 だけどこれからは、両親が安心できるように区切りをつけなければと強く思った。


「シウ、ありがとう。本当にありがとう……」


 そして後日、ユウとシウは大きな花束と写真を持参して納骨堂を訪れた。ガーベラにカーネーション、トルコ桔梗と仏花には相応しくない色鮮やかな花束だったが、今日だけは許して欲しい。

 世間は華やかなムードに包まれているというのに、やはりこの空間は空気が澄んでいて違う空気が漂っているようだ。そんな神妙な空気に飲まれそうになったユウの手を取って、シウも寄り添うように肩を寄せた。


「何年振りかな、こうして一緒に来たの」

「そうだね……五年前まではシウもイコさんも一緒に来てくれたもんね」


 だがあの時は娘として一緒に来ていたシウが、今では婚約者だ。もし両親が生きていたら何と言っただろう? 笑って祝福してくれただろうか? それとも苦笑して反対しただろうか?

 けどシウのことを娘のように可愛がっていた父と母のことだ。最後には認めてくれたに違いない。


 二人の骨が収められた納骨堂の前に来たユウ達は、ゆっくりと手を合わせて挨拶をした。ぐっと込み上がってくる感情はあったものの、今は堪えて笑顔で紹介をした。


「父さん、母さん……今日は報告があってきました。父さんたちが亡くなってから色々あったけど、やっと心の底から守りたいと思う人ができたんだ。そして僕のことを大事に思ってくれる人と一緒になれたんだ。って言っても、もう二人もよく知ってる人なんだけどね」


 でもあの時の、幼馴染とは少し立場の違う彼女の肩を抱き寄せて、ユウは言葉を続けた。


「これから僕はシウを守る為に、シウを幸せにする為に生きるよ。だから二人も空から温かく見守ってくれたら嬉しいな」

「おじさんもおばさんも……ううん、お父さんもお母さんも安心して下さい。ユウさんのことは私が絶対に幸せにしますから」


 力強い言葉にユウも笑みを浮かべて、改めて手を合わせた。

 やっと出来た報告。ユウとシウの写真も納めて清々しい気持ちで帰ろうとしたが、せっかく買った花束は飾ることが出来ず持ち帰ることになってしまい、二人して苦笑いしながら花を眺めていた。


「ごめん、飾れないことをすっかり忘れてたよ」

「でもそれでもユウは買ったでしょ? 結婚式の時みたいに感謝の意味を伝えたかったんだから」


 シウには何でもお見通しなんだなと観念しながら、澄み渡った空を仰いでいた。

 これからはちゃんと真っ直ぐに空を見ることができる。もう涙は溢れることはないだろう。今までは涙を堪えながら帰っていた道を、シウと共に笑いながら歩いた。


 ・・・・・・・・・★


「私達は一度もユウを責めたりしてないのよ……。思い込みで作り上げた私達に囚われないで、ちゃんとを大事にしなさいね」


ここまでで3部が終了です。

ユウにとってトラウマだった両親の命日が、少しでも軽減されれば……そう思いながら執筆しました。


次回からは最終章、皆の状況と……ユウとシウのハッピーエンドを描きます!

よろしくお願いします✨

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る