第97話 勝手なことばかりしてゴメンナサイ

 写真撮影を終えたユウ達は、ホテルのラウンジでコーヒーを飲みながらゆっくりと語り合った。

 季節は霜が降りる寒い年の瀬間近。窓の向こうには眩いイルミネーションが輝きを放ち、街を華やかに彩っていた。


「不思議よね。三人が一緒に暮らしていた時は、こうして外出することなんてなかったのに」


 運ばれたケーキをすくいながら最初にイコさんが口を開いた。近いようで遠い存在、それが前までの自分たちの関係だったと皆が感じていたことだった。


「確かにそうだよね。僕らって近づけば近づくほど遠くなって、バラバラだったね」

「そして距離を取った今の方が上手くいっているなんて、本当に皮肉よね」


 互いに顔を見合わせて苦笑を溢しあっていたが、一人納得いかないシウは黙々とケーキを食べながら毒を吐いた。


「お母さんは家に帰ってこないことばかりだったもんね。ねぇ、いつから守岡さんとは繋がっていたの?」


 シウの言葉に凍りつくイコ。このタイミングでそれを言うかと口角が引き攣った。


「そもそも守岡さんと再会して付き合い出したなら、さっさとユウを解放してくれればよかったのに。お母さんは私がユウのことを好きだったのを知っていたでしょ?」

「それは子供の時でしょ? まさか高校生になった今でも好きだなんて思いもしないわよ!」


 反論してきたイコをギロっと睨んで、最後に残していた苺をブッ刺した。赤と白い果肉が無惨に飛び散り、彼女の怒りが見て取れた。


「———私はね、お母さんがずっと苦労してきたのを知っていたから、ユウと一緒になることも許してあげたの。それなのにロクに家にも帰らずに違う男と逢瀬を重ねて……! お母さんはさ、ユウがどんな気持ちで毎日料理を作っていたと思う? 知らないでしょ? ロクに作ったことがないから。ユウが作ってきた料理をすぐ出てくるレストランの料理と同じように考えたらダメなんだよ?」


 まさかこんな言葉が出てくるとは思わず、ユウまで黙り込んでしまった。

 だが料理をはじめ、様々な面で二人を支えると決めたはユウ自身なのでイコさんを責めるのはお門違いだ。


「シウ、イコさんはシウの為に働いてきたのに、そんな言い方は」

「ユウは黙って。そもそも私は二人に怒ってるんだからね? 本当は守岡さんが私のお父さんって言うの、嘘なんでしょ?」


 あの時に吐いた咄嗟の嘘を言い当てられ、ユウの思考も指先も固まってしまった。何でバレた?


「もし本当の父親なら、お母さんが家を出る時に私も連れて行くはずだもの。何も言わずに出て行ったってことは、そう言うことでしょ?」

「———シウ」

「最初、お母さんが出て行った時は子供の私よりも恋人を取るんだってショックだったけど、おかげでユウと一緒に暮らせているから何も言わないであげる」


 気まずい話題に三人とも黙り込み、重苦しい空気が漂った。だがイコさんだけが悪いわけじゃない。その点に関してはユウもずっと謝りたいと考えていた。


「イコさん……、順番が逆になってしまったけど、イコさんと一緒だった時にシウとその、二股のような感じになっていて申し訳ない。本当だったら直ぐに話すべきだったのに」


 複雑な事情があったとはいえ、自分がしたことも良いことではない。むしろ倫理的にも悪いことだ。


「ま、待って。そもそも私とユウくんは夫婦じゃなかったし、謝らなくても」

「けど婚姻届を書いた時点で、僕は夫婦だと思っていたから」


 婚姻届の話題を出され、今度はイコがうぐ……っと顔を歪めた。そのことに関しては、イコが謝らないといけない。


「……私の方こそゴメンナサイ。そもそも記入までしておいて提出ていなかった私が悪いし、先に裏切ったのは私だから」

「それにお母さんはユウとエッチもしてなかったんでしょ? 27歳まで童貞貫かせたなんて、本当に酷い話だよ」


 シウ、そこまで言うのか⁉︎

 今日一番の爆弾発言に流石のユウも慌てた。むしろその事実は誰にも言うことなく、二人だけの秘密にして欲しかった!

 あまりの歯痒さに涙を堪えて耐えるしかなかった。


「———え、あのさ……ちょっと変なことを聞いていい? そんな話題が出たってことは……二人はその、そういう関係なの?」


 イコさんもイコさんで答えにくいことを被せてきた。せっかくホテルパティシエが作ったケーキの味が分からなくなってきた。むしろ塩っぱい、涙の味しか分からない……!


「そういう関係だったら何? こんな写真まで撮って、清い関係ですなんて有り得ないでしょ?」


 あの、シウさん。どうしてさっきからケンカ腰なんだ? 


「でもアンタ、まだ17歳でしょ? 未成年と……しかも小さい頃から見てきた子相手にそんな」

「お母さんのその発言、全世界の幼馴染同士の恋人夫婦を敵に回す発言だからね! そもそも自分だって15歳で妊娠、しかも年上の人と付き合っておきながら! 自分のことを棚に上げないで?」


 気まずい、かなり気まずい……! 何でこんなことになっているんだ? さっきまであんたに微笑ましく和やかに花嫁衣装を選んでいたと言うのに!


「待って、その……他にのお客様がいるんだから、もう少し声を落として」


「「ユウは黙ってて!」」


 二人の気迫に追い込まれたユウは蛇に睨まれたカエルのように、言われるままに黙り込んだ。


 ・・・・・・・・・★


「やっぱり二人は親子なんだと痛感する瞬間だ……」

「「だからユウは黙っててって言ったでしょ⁉︎」」

「———はい」


 ユウは一生、この二人には敵わないでしょう。

 1部で言えなかったモヤモヤをココでシウに代弁してもらいました。


 でもまぁ、この三人の場合は複雑ですね。シウは小さい頃から好き発言をしていたし、強いて言うならユウは早くシウとの関係を打ち明けるべきだったけど、イコはそもそも別の意中の相手がいたし……。複雑です(笑)


次回はこの続きなので、12時05分更新です。

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