第94話 ★・・・ 真っ白い時間

 その後、父と母の遺体確認や引き取り、葬儀の手続きなど慌ただしい日に追われていた。

 損傷が激しく、包帯で包まれた両親を見てもあまり実感がわかなかったが、冷たくなった手に触れた瞬間、もうこの身体は動かないんだと悟り、目の前が真っ白になったのを覚えている。


 トラックを運転していた男性が何度か謝罪をしてきたようだが、何を言われたのかも話したのかも覚えていない。記憶が断片的であやふやだった。


「ユウくん……葬儀の人が打ち合わせをしたいって話しているけど、大丈夫?」


 喪服を纏ったイコさんが神妙な顔付きで声を掛けてきた。本当は家族葬でよかったのだが、父の会社の人等多くの人が参列されることを見越して一般的な葬儀を行うことにした。

 ユウは大きく息を吐いて、重たい身体を立ち上がらせた。


「———イコさん、ありがとう」


 ろくに眠れず覚束ない足取りのユウに手を差し伸べてくれた彼女を頼りながら、これからの段取りを決めていった。多くの人が突然の訃報にも関わらず別れを惜しんで駆けつけてくれて、両親は幸せ者だったと感謝しながら挨拶をして回った。


「大丈夫……? よかったら私も手伝うから色々言ってね?」

「ありがとう……大丈夫だよ」


 そんなユウとイコを晴恵に手を繋がれていたシウは歯痒い思いで見つめていた。


「シウも、シウもユウ兄ちゃんのところに行く! おばあちゃん、放してよ」

「アンタが行くと邪魔になるからダメよ! なに、イコがいればユウくんも大丈夫。あの子も仕事ばかりして心配していたけど、やっぱり一緒にいるところを見るとお似合いだね。あんな男よりもユウくんと一緒になった方が幸せになれるんだよ」


 そんなやり取りが遠くに聞こえた気がしたが、ユウは遮断するように無視をした。

 なぜならユウの両親が亡くなって皆が涙を流しているというのに、晴恵は時折細く笑みを浮かべていたからだ。前日も酷く罵り合い、本来なら顔も見たくないほど嫌悪感を抱き始めていた。

 そのためユウは気付いていなかった。その隣で祖母に怯えて顔を伏せていたシウも一緒に見逃していたことを。


「ユウくん、控え室で少し休もうか? こんな状態じゃお通夜まで持たないよ?」


 イコに背中を摩られながら、一緒に控え室へと入って行った。


 息をするのすら億劫だ。全身におもりをつけられているかのように身体重くてツラい。もうこのまま全てを投げ出して逃げでしまいたい。

 そんな頭を抱えたユウを包み込む両手。気付いたらユウの顔がイコの胸元に埋められていた。


「今は私達以外に誰もいないから泣いてもいいよ。ユウくんには沢山助けられてきたんだから、君が弱ってる時くらい力にならせてよ。ユウくんが私の一番の理解者であってくれたように、私も君を助けたいんだから」


 理解者……か。


「私がシウを妊娠した時、周りの人はこぞって堕ろせと言っていたけど、ユウくんだけは味方でいてくれたでしょう? 私……嬉しかったんだよね。だからユウくんがツラい時は支えてあげたいとずっと思っていたんだ。ねぇ、どうせならユウくんも一緒に引っ越さない? 私も家を出てシウと二人で暮らそうと思っていたの」

「シウと……家を出んの?」

「———うん。ウチのお母さんの小言が多くて、ちょっと疲れてたんだよね」


 ユウは……両親もいない広い家での生活を想像した。毎日温かいご飯を作ってくれていた母、新聞を見ながらソファーに腰掛けていた寡黙な父親。そしてお兄ちゃんと言って慕ってくれていたシウ———……それが全部なくなるなんて、嫌だ……嫌だ!


「嫌だ、そんなの嫌だ。僕だけを置いていかないで、嫌だ! 嫌だ‼︎」

「っ、ユウくん……っ、待って、落ち着いて?」


 葬儀場を出て火葬が終わったら、また前の生活に戻る。だがそこには大切な人が欠けた日常が待っているのだ。

 取り残された現実をどう生きれば良いのか分からない。そんなの息が詰まって、うまく呼吸ができない。


「一人にしないで、嫌だ……っ、嫌だ! 無理だよ、そんなの……僕は」

「ユウくん……!」

「イコさん、僕も一緒にいさせて……? お願いだから、僕にも役割をちょうだい? 僕にも生きる意味をください……っ!」


 家事でも掃除でも何でもする。シウのお守でも雑用でも何でもいいんだ。


「———だめだよ、そんなの……ユウくん、大丈夫。君ならちゃんと幸せになれるから。むしろ私達が家を出るのは、ユウくんを解放するためでもあるの。今のままじゃユウくんは私達家族に良いように使われてしまうから。ほら、昨日ウチの親もあんな言っていたし……」

「それの何が悪いんだよ。僕は僕の意思で支えたいと思っていたんだ。それとも迷惑だった? 僕はイコさんとシウの為に何かをするのは楽しかったよ? なのに……それすらも奪われたら僕は」


 イコの喪服に爪を立て、強く握りしめた。

 その痛みにユウの気持ちの強さを感じたイコは、唇を噛み締めて覚悟を決めた。


「私もユウくんがいてくれたら心強いよ? でもね、これ以上君の優しさにつけ込むようなことはしたくない」

「違う、これは———僕がつけ込んでいるんだよ。そばに……そばに置いててくれるだけでもいい。僕の気が狂わないように、お願いだからそばに居させてくれ……っ!」


 この時、ユウもイコも二つの三つ編み結びをした少女が見ていたことに気付いてもいなかった。入り込むことができない空気にシウも目を覆い、現実から目を逸らした。


「ユウ兄ちゃんのバカ……お母さんの嘘吐き」


 こうしてユウ達の家族ごっこが始まったのだ。



 ・・・・・・・・★


「でもユウくん、君が縋っているものは本当の幸せなんかじゃない。君がいつか本当に大切だと思うものを見つけたら、君は……別の道を歩むんだよ?」


今回はもう一回12時05分公開です。

よろしくお願いします!

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