第93話 ★・・・ もう、笑いかけてもらえないんだ

 その日、両親がクリスマスディナーに出かける日だったのだが、顔を合わすのが恥ずかしかったユウはあえてシウと二人で買い物に出掛けていた。


「ねぇ、指輪を買いに行くの? シウに買ってくれるの?」

「なんで小学生に何十万もする指輪を買わないといけないんだよ。買うとしてもネックレスかな……? どんなのがいい?」

「花! お花のネックレスがいいの! この前の指輪みたいな」


 シウは花のデザインが好きなのか。女子が好みそうなアクセサリーセレクトの雑貨店を巡って色々見て回った。色んなアクセサリーを試着したり、帽子やマフラーを付けてみたり、普段とは違うお出かけをユウも楽しんでいた。


「……あれ、永谷くん? 永谷くんだよね?」


 急に声をかけられ振り返ると、高校の時に同じクラスだった数人女子がモジモジと恥ずかしそうにこちらを見ていた。


「えー、凄い偶然! 妹さんとお出かけ? 優しいねー♡」

「スゴく可愛い、モデルさんみたい! さすが永谷くんの妹さん」

「ねぇ、よかったら田中くんの家でパーティーするんだけど、永谷くんも来ない? 皆、大歓迎だと思うから」


 この千載一遇のチャンスを活かそうと必死に誘う女子たちを見て、シウはどんどん不機嫌になっていった。ユウとクリスマスを過ごすのは私だと威嚇せんばかりに睨んでいたが、ユウばかり見ている女子達は小さな殺気を気づきもしなかった。


「あー……申し訳ないけど、家で家族が準備してるから」

「そんなのいいじゃん! せっかく何だし高校の時のメンバーで集まろうよ? ちなみに永谷くん、彼女とかいないの? もしいないなら私———……」


 女子の声が猫声に変わった瞬間、勢いよく手を引っ張られて足がもつれそうになった。何事かと慌てて見るとシウがグイグイと逃げる様に走っていた。


「しつこい女性は嫌われますよ! ユウ兄ちゃんは行かないって言ったじゃないですか! 放っておいてください‼︎」


 喚いている女子が小さくなるまで駆け足で逃げて、ご機嫌斜めのシウをなだめ始めた。


「もうお兄ちゃんはカッコいいんだから、しっかり断らないと押し切られちゃうよ? 断る時はもっとハッキリと!」

「いや、別にカッコよくないし。あの子らも懐かしい顔を見かけたから誘っただけでしょ?」

「ダメダメ! そんなんじゃ調子に乗ってグイグイ来られるよ? こんな状態じゃシウも心配になっちゃうでしょ? もうユウ兄ちゃんは……!」


 年下の8歳の女の子なのに、自分なんかよりもしっかりしてて頼りになるなと感心していた。でも怒ってばかりではせっかくの可愛い顔が台無しだ。ユウは小さな頭を撫でて、しゃがみ込んで見つめ合った。


「ありがとう。シウのおかげで助かったよ」

「———もう、ユウジューフダンなユウ兄ちゃんにはシウがいないとダメなんだから」


 優柔不断なんて言葉、どこで覚えた? 随分と大人びた言葉を使うシウに苦笑を溢していると、スマホが震えて着信を知らせてきた。


 随分と長いな。電話?

 取り出してみると見知らぬ番号が表示されていて、無意識に眉間に皺を寄せていた。焦るシウに「しぃ……」と口に人差し指を当てて静かにするように伝えた。


「はい、永谷ですが……」


 その電話は警察からで、信じられない言葉が次々に告げられた。


『永谷さんの息子さんのお電話ですか? こちら南警察署ですが、実はご両親が———……』


 身体から体温がなくなっていくのが分かった。信じたくない、そんな言葉。耳の奥がキィィー……ンと詰まるような感覚に襲われて、まるで水の中に沈んでいくような息苦しさを覚えた。


 父と母が乗っていたタクシーに信号無視したトラックが突っ込んできて、二人とも重体の状態で搬送されたが、途中で息を引き取ったと聞かされ、ユウは呆然と立ち尽くすしかなかった。


「ユウ兄ちゃん……どうしたの?」


 指を掴んで振ってきたシウの振動でやっと我に返った。

 電話の向こうで指示を出していた警察の人に返事を告げて、一先ず通話を切った。


 どうしよう、目の前が歪んで真っ直ぐ立てない。頭がグルグルする。だって嘘だろう? さっきまで、一緒に過ごしていて……生きて、動いていた人が死んだなんて、信じられない。


「ユウ兄ちゃん……っ、どうしたの? 何があったの?」


 大きな瞳に涙を溜めて訴えてくるシウに、気付けば両手いっぱいに抱き締めて縋った。嫌だ、嫌だ……イヤだ。


「父さんと母さんが……トラックに追突されて死んだって」


 その言葉を吐き出した後、ユウの記憶は曖昧だった。

 何も……覚えていなかった。



 ・・・・・・・・・・★


「僕が渡したプレゼントのせいで、僕が上げなければ二人は死ななかったのに、僕が僕が……ボクがコロした……」


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