第91話 ★・・・ 僕の思い出したくもない過去

 その日、ユウは懐かしい夢を見ていた。

 何度も何度も思い出しては涙が枯れるほど泣き喚いた地獄のような出来事———……。


 そう、それは自分が大学に入って最初の冬を迎えた頃だった。肌に吹きつける風に痛みを感じ始めたのを、今でも覚えている。



「ねぇ、ユウ兄ちゃん。サンタさんにお手紙書いたんだけど、ちゃんと来てくれるかな?」


 8歳になったシウだったが、未だにサンタの存在を信じているのか希望のプレゼントを記した手紙を渡してきた。

 そう言えば自分もサンタにもらったと信じていた仕掛け絵本を抱えて、イコさんのところへ向かったなと、幼い過去を思い出して懐かしむように笑みを浮かべた。


「シウは何を頼んだんだ? お兄ちゃんがサンタさんに頼んであげるよ」


 そう言って封筒を開けようとした瞬間、顔を真っ赤にしたシウに止められてしまった。


「ダメ! ユウ兄ちゃんだけは見たらダメ! もう、これはサンタさんに出す手紙なんだよ?」


 これは、やはりまだ信じてるタチなのだろうか? 必死なシウに癒されながらプレゼントを渡そうと模索していたのだが、未だに欲しがっているものが分からずに困っていた。最近の小学生は何が好きなんだろう?

 とりあえず当日は部屋いっぱい飾り付けをして盛大にお祝いしよう。大きなクリスマスツリーを買って、シウと一緒にブッシュドノエルを作るのも楽しいかもしれない。


「なぁ、シウ。クリスマスは僕がトナカイになるから、シウはサンタの服を着てイコさんをビックリさせてみない?」

「え、それって素敵! やろうやろう♡」


 シングルマザーで仕事に精を出しているイコさんは、クリスマス当日も仕事が入ったらしい。片親で一般的な家族よりも寂しい思いをしがちなシウの相手をユウは自ら望んで一緒に過ごすように心掛けていた。

 11歳という歳の差はあるもの、兄妹みたいな関係に二人も満更でもなかった。


「あらあら、ユウくんはクリスマスを一緒に祝う彼女はいないの?」

「もう、そうなのよ晴恵さん。この子ったら全く浮いた話がなくて……ちょっと心配になってきたわ」


 余計なお世話を焼くのはシウの祖母の晴恵さんとユウの母親である真紀まきだった。

 元々過疎気味な田舎で近所同士の仲が良かったのもあったが、真紀は事あるごとに晴恵に相談事ばかりしていた。


「大丈夫、心配ないわよ。ユウくんさえよければイコと一緒になってくれればいいんだから!」

「そうね、イコちゃんなら安心ね」


 ———いやいや、この人達はまたイコさんの気持ちを無視して勝手に話を進めて。


 ユウもそんな未来があってもいいかなと思っていた時期もあったが、その選択をイコが拒み続けていた。

 自分のような面倒な存在をユウくんに押し付けるようなことをするのは許さないと……。その為、一人でも娘のシウを育てられると証明するために懸命に仕事にいそしんでいた。


「もう、おばあちゃんも真紀さんも失礼するわね。ユウおにいちゃんと結婚するのは私なんだから、余計なことを言わないで?」


 エヘンと威張るように胸を張って宣言したシウに、回りの大人たちは癒されながら笑い上げた。

 この心理は父親と結婚すると言い張る娘の心境のようなものだろうか? それなら悪い気はしないなとユウも微笑んでいた。


「何でお兄ちゃんまで笑うの? シウは本気なのに!」

「そっか、ありがとう。でもそう言ってくれるのもいつまでなんだろうか……」

「ずっとだよ? シウはずっとユウお兄ちゃんのことが好きなんだから!」


 とは言え、小学高学年になった頃にはクラスの人気者の男の子に夢中になって、淡い恋心を抱くようになるのだろう。そんな未来を寂しいと思いつつ、シウのことを見守り続けようと決めていた。


 それにしてもクリスマスか……9年前のクリスマスは悲惨だったと、思い出すたびに苦笑を溢した。憧れていたイコさんが妊娠して、優しかったおじさん、おばさんが鬼の形相で怒って罵声を上げて、地獄のような惨劇が繰り広げられていた。


 あの日、ユウはイコの一番の味方になって彼女を支え続けようと誓ったのだけれども、実際にできることは子供シウの遊び相手くらいだ。だが歳を重ねるたびにませていくシウ。母親に似て綺麗な顔立ちになってきたし、その内「近所のお兄ちゃんと遊ぶなんてダサい。もう私に近付かないで」と邪険にしてくるのだろう。


 そんな日を想像しただけで泣けてくる。

 考えただけで心が抉られて苦しくなる。


「どうしたの、お兄ちゃん?」

「ん、別に何でもないよ。シウとクリスマスを祝えるのも、あと何回かなって考えていただけ」


 ユウの言葉にシウはぷくぅーと頬を膨らませて唇を尖らせた。


「だからずっとって言ったでしょ? シウはお兄ちゃんと結婚するんだから」

「そっか、ありがとう」


 くしゃくしゃと髪を乱すように撫で回すと、さらに怒ったようにシウは睨んできた。


「信じてないでしょ? ユウ兄ちゃんのバカ」


 踵を返して走っていくシウの後ろ姿を見ながら、目を細めて笑った。だって仕方ない。ユウとシウは11歳も歳が離れているのだ。今は頼れるお兄ちゃんに憧れを抱いているのかもしれないけれど、次第に現実が見えて離れて行くに違いない。


「僕の役目はシウ、君の独り立ちを見届けることなんだよ」


 寂しいけれど、君がいつか好きになった男の子を紹介してくれる日を待っている。イコさんが苦労した分、君には幸せな青春を全力で駆け抜けてもらいたい。そう、願っているよ。


 ・・・・・・・・・★


ユウ「それがまさか、婚約者こんなことになるとは……シウ、有言実行です」

シウ「———ぶいっ!」


本当、シウだけはブレずに一途ですね。

次回の更新は6時45分です。気になる方はフォローなどよろしくお願いあいたします!


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