第89話 最後まで憎い敵役だったな
ゴホゴホと痰混じりの咳をしながら、守岡はまだユウに願いを託し続けた。
「俺はさ、今まで築いてきたものを全て失った。金、権力、家族も会社も———。そんな甲斐性なしに最期まで寄り添ってくれたのはバカな女だけだった」
それに関しては同感だ。破滅しかなかった男に連れ添って、本当にバカだとユウも思った。
「俺がずっと掛け続けていた生命保険があって、その引き取り人をイコにした。これでもアイツも少しはマシな人生を再スタートできるはずだ」
「その為にイコさんと籍を入れたのか?」
「仕方ねぇだろう? 俺にはそれくらいしかして上げられなかった」
イコさんは、守岡と出会った時からずっとコイツのことを想い続けていたのだろう。ユウと共にシウを育てると決めた時も、ずっとずっと。ユウのライバルはこんな男だったのかと知り、敵わないなと諦めがついた。
「後はさ、娘のシウとお前の晴れ姿を……俺と一緒に見届けさせてやりたかったんだ。一人じゃさ、何だか侘しくて寂しいだろう?」
それは勝手が過ぎるだろう? シウにとって一生で一番の晴れ舞台をこんな奴の為に急かされるなんて可哀想だ。イコさんも随分だったが、旦那も救いようもないほど自己中心な人間だ。
本当にお似合いすぎて嘲笑しか浮かばない。
「いいよ、死に損ないのアンタに見せつけてやるよ。娘の晴れ姿を」
「———頼んだよ。あぁ、楽しみだな……」
あんなに色んな人間を苦しめてきた男なのに、穏やかな表情を浮かべているのが許せなかった。憎くて憎くて仕方なかった。
それなのに、どうしても目の奥が熱くなり過ぎて涙が止まらなかった。ユウは鼻を啜りながら必死に悟られないように気を付けながら病室を後にした。
「今度会った時は、思いっきり罵倒してやろうと思っていたのに」
勝手に弱っていった敵に遣る瀬無さしか残らなかった。
自分は絶対にシウを悲しませないように長生きをしなければと心に誓った。
それからシウ達と合流して、これからについて話し合った。
守岡の容態からして悠長なことは出来ない。すぐにドレスを選んで、シウの晴れ姿を見せてやるのが良いだろう。
「ねぇ、私もお父さんに会いたいんだけど。何でユウが先に会ってたの?」
「え、それは……」
前に暴力沙汰になったことがありましたなんて口が裂けても言えやしない。それに本当の父親ではないんだ。その為シウと守岡を対面させることに抵抗があった。
だが父親だと言った以上、会わせないのも変な話だろう。
「それじゃ三人で会いましょう。ねぇ、それならユウくんも大丈夫でしょう?」
「———分かった、いいよ」
そしてその後、偽りの感動の対面を果たす親子の姿を見て、余計にユウは複雑な思いになった。
守岡が無精子症だって事実を聞き出さなければ、この親子は本当の家族になったのかもしれないのだ。
そう、守岡とイコの純愛ストーリーにおいて邪魔者だったのは何者でもないユウだったのだ。自分さえいなければ、幸せな家族になれたかもしれないのに。
「………ユウ?」
そんな彼の異変に気付いたのはシウだった。彼女だけは一人、違う方向を見るユウに気付いた。
「ゴメンなさい、お父さんお母さん。今日は色んなことがあって疲れたから、もう帰るね。また来るから」
流れを切り替えて、寄り添う二人に別れを告げて病室を出た。ギュッと、冷たくなったユウの手を握って、無理やり笑顔を向けた。
「そんなに我慢しなくても良いんだよ? たとえあの人が私の父親だとしても、ここまで私を育ててくれたのはユウだから。ユウを父親だとは思いたくないけれど」
何だそれ、もしかして———自分が守岡に嫉妬してると勘違いしたのだろうか?
そんなことは考えていなかったが、今のユウにはシウの心遣いが有り難かった。
守岡とイコにとっては邪魔者だったかもしれないけれど、シウはこんな自分を必要としてくれていたんだ。あの偽りばかりだった家族ごっこを肯定してくれたんだ。
「……ありがと、シウ……」
こめかみを押さえながら、必死に涙を堪えて悟られないように感謝を告げた。そんなユウの顔を見ないまま、シウはゆっくりと頷いて歩き出した。
・・・・・・・・・・★
「大丈夫だよ、何も間違ってはいない。少なくても私は、ユウと家族になることを選んだんだ」
2部はシウ、3部はユウの回収がメインです。
次回はユウの過去話です。
次の更新は6時45分です。よろしくお願いします。
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