第87話 結婚の真意

 後日、イコさんからユウ宛にメッセージが届いていて多少動揺してしまった。思わず飲んでいたコーヒーを吹き出す程度に取り乱したのは事実だった。


「うわっ、先輩汚っ! ちゃんと拭いて下さいよー?」

「永谷が珍しいな。何があったんだ?」


 何がって、言えるわけがない。

 届いたメッセージには『今晩会えないかな? シウには内緒で』って———なんでシウには内緒なんだ?


 嫌な予感しかしないんだが?

 挙動不審にソワソワしていると怪しんできた水城がスマホを覗き込むように近付いてきた。油断ならない後輩に対して大袈裟にスマホを隠して死守した。


「先輩、怪しいっす。何を企んでいるんですか?」

「べ、別に何も企んでないよ! おい、見るなよ……!」

「いーや、俺の第六感が怪しいと訴えています! 素直に白状した方が身の為っスよ?」


 いや、絶対に水城にバレたら厄介なことになる。とは言え、この前シウの本音を聞いた以上、内緒でイコさんと会いうのはダメだと理解していた。そもそもユウ自身が裏切られてショックだったのに、あんな苦しい思いをシウにさせるわけにはいかない。


『無理。シウに対してやましいことはしたくない』


 拒む文章を送り返すと、数分後に『それじゃ……シウも一緒でいいから話をさせてもらえないかな?』と返ってきた。


 ———何だ、シウも同席していいのなら最初からそう言えば良かったのに。


 無駄な心配ばかりしたユウは、安堵するように脱力してデスクに寝伏せた。そしてそんなユウにゴシップ愛好者水城は、すかさず追い討ちを仕掛けてきた。


「やっぱ何かありましたね? 白状したほうがー……」

「するかよ、この他人の不幸に群がる蟻野郎が」


 それにしてもコレが計算じゃないなら、イコさんってとんでもなく小悪魔だと頭が痛くなった。最初は女たらしの守岡と結婚するなんてと思ったが、実際はイコさんの方が手に負えない熟練者なのかもしれない。


 何がともあれ、早速シウに連絡を取って二人でイコさんの元へ尋ねることにした。車で来ていたユウが部活を終えたシウを拾ってイコさんと合流して、ファミレスで食事をする運びとなった。


「今日は急に呼び出してゴメンね! ちょっと二人には事前に話しておきたくて」


 前と変わらない様子で声を掛けるイコさんに戸惑いを覚えながら、シウはお祝いのプレゼントと小さなブーケをプレゼントした。


「これ、私とユウからのプレゼント。この度は入籍おめでとうございます」

「え、うそ……。シウとユウくんから? すごく嬉しい……ありがとう」


 予想してなかったプレゼントに感涙で瞳を潤ませながら、大事そうに胸に抱えていた。ブーケは来る前に花屋で購入していたものだが、プレゼントはユウも知らなかったシウからのサプライズだった。


「夫婦箸だって。本当はお茶碗にしようかなって思ったけど、割れ物は縁起が悪いから」

「シウ……大事にするわね。ありがとう」


 イコは溢れた涙を指で拭いながら、二人に本題を話し始めた。


「あのね、実は……この前送った結婚式の件なんだけど」


 流石に実の娘に結婚報告をするのは複雑なのか、口篭らせながらイコは続く言葉を伝えるとこを躊躇っていた。


「……どうしたの、お母さん。大丈夫、私もユウもお母さんの幸せを願ってるから祝福するよ?」

「シウ、ありがとう……。あのね、実はもう入籍は済ませてきたの。本当はシウが独り立ちするまで待つつもりだったんだけど……待っていられない状況になってね」


 

 不穏な言葉に空気が重くなった。何があったんだ?


「———単刀直入にお願いするわ。あのね、シウ、ユウくん。できれば……あなた達の晴れ姿を見せて欲しいの」

「僕達の……晴れ姿?」


 まって、意味が分からない。どういう意味だ?


「特にシウ。あなたを花嫁姿を見せてあげたくて……」

「待って、一体誰に? 何で私を?」


 もしかしてイコさんのお母さんの容態が悪くなったのだろうか? けれど何か様子がおかしい。実際、結婚もしないのに偽ってまで見せたいって、おかしくないか?


 二人が理解できずに困惑していると、イコは歯を食いしばって頭を下げてきた。


「今、私と一緒に暮らしている人……実は膵臓に癌が見つかって、すでに身体のあちこちに転移していて先が長くないの」


 ———え? 

 思い掛け無い告白に言葉を失った。一緒に暮らしてるって、守岡のことだよな? 膵臓癌……見つかりにくい癌で、生存率が低い癌だと聞いたことがある。


 それが本当だとしたらイコさんは何て救われないのだろう。あまりの不幸に同情すら覚えてしまう。


「でも待って、それと私の花嫁姿とどう関係があるの?」


 シウの質問に少し言葉を詰まらせる。

 そうか、イコさんはシウに守岡の話をしていないのだろう。だからシウには内緒で来て欲しいと頼んだのかと理解した。


「………シウ、実は今、イコさんと一緒に住んでいる人は、シウの実の父親だと思われる人なんだ。だから亡くなる前にシウの晴れ姿が見たいんだと思うよ」


 ユウの言葉に思わずイコも顔を上げた。『そんな嘘をついてどういうつもりなの?』と焦っているようだが、シウには無精子症の事実は知られていないので、真実を伝える必要はないとユウは判断したのだ。


 それに実際、そうなのだろう。

 事実がどうであれ守岡もイコさんも、長年二人の娘だと信じていたはずだ。


「———そうよ、だからシウ。お願い……あなたの花嫁姿を彼に見せてくれないかしら?」

「でも、そんな言われても」


 珍しく戸惑うシウの頭をポンポンと叩いて、ユウも静かに頷いた。


「……わかったよ、そういう事情なら僕らも協力するよ。イコさんの旦那さんに晴れ姿を見せたらいいんだね」


 ユウの返答にシウもイコの手を両手で挟んで大きく頷いた。


「いいよ、お母さん。困った時は私達を頼っていいんだよ? だって私達はお母さんの家族なんだから!」


 力強いシウの言葉に、イコは涙を耐えきれず、ボロボロと嬉し涙を溢していた。


 ・・・・・・・・・★


「お母さん、ツラかったね……悲しかったね」


 イコが早目の入籍に拘った理由とシウとユウを誘った理由が判明です。少し……切ない結婚式、始まります……。


 次回は6時45分更新予定です!

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