第86話 娘の心境

 その日は土曜日だったこともあり、家に帰るとシウが晩御飯の支度をして待っていてくれていた。リビングに入るなりガーリックの香ばしい匂いが漂ってきて空腹を刺激された。


「あ、おかえり。今日のご飯はサーモンのガーリックバター醤油パスタだよ。ユウ、好きでしょ?」


 キッチンでエプロンを着用して料理をしている姿に惚れ惚れと見惚れていた。こんなことイコさんとの時には考えられなかった光景だ。シウの料理の腕前も少しずつ上達し、簡単な料理なら手際よくこなせる様になっていた。オニオンスープにサラダまで付けて、完璧だ。


「そうだった……、ねぇユウ。ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも———私?」

「ド定番のお迎えフレーズだね。けどお腹が空いたからご飯で」

「むぅ……っ、ユウ、ノリが悪い。でもいいや。おかえりなさい」


 シウはユウの肩に手を添えて、くいっと背伸びをして頬にキスをした。以前ではありえなかったイチャイチャを経験し、シウと付き合えて幸せだと実感していた。


「食事の支度をするから待っててね?」

「ありがとう。僕も着替えてくるよ」


 最初、イコさんからの連絡が届いたのはシウだった。シウからしてみれば苦労してきた母親が幸せになるので喜ばしいことだと思うが、本音はどんな感じなのだろう?

 母親をとられるようで寂しい? いや、シウとイコさんに関しては一般的な考えは当てはまらない気がする。

 とはいえ、和解した今は寂しいと思うのだろうか?


 食事の最中、イコさんについてシウに尋ねてみたが、やはり想像とは違った答えが返ってきた。


「お母さんの結婚? うん、スゴく嬉しいよ? これで心配が一つ減ったし」

「心配?」

「うん、もしかしたらユウをとられるんじゃないかって心配。だってユウにとってお母さんは初恋の人でしょ? もし彼氏と別れたからヨリも戻そうって言われたら、ユウも心が揺らぐんじゃないかなって心配していたから」


 それって自分ユウを信用していないと言っているようなものじゃないかと心外だったが、逆の立場なら同じように思っていたかもしれないと言葉を飲み込んだ。

 ユウにとってイコさんは初恋の人で、ずっと支えたいと思っていた人だ。シウの心配も仕方ないことだろう。


「———でも、僕にとって一番大事なのはシウで、シウが悲しむようなことは絶対にしないよ」

「……うん、ありがとう。大丈夫、私もお母さんにユウのことをとられないように頑張るから」


 きっとシウにとってユウとイコの結婚は、イコのことを想って、夫婦として支えたいと思ってしたことだと思っているのだろう。

 だがユウにとっては、イコとシウ、二人を守るための結婚だった。家族が欲しくてしたことなので、少し解釈が違っていたのだが……仲が深まった二人には些細な問題となっていた。


「……ねぇ、ユウ。今日は一緒に映画を見ない? 面白そうなのを借りてきたの」


 そのお誘いにユウは少し動揺を見せて、時間差で頷いた。

 一緒に住んでいるとあまりにも頻度が多くなってしまうので、イチャイチャしたい時の合図を決めたのだ。それば【一緒に映画】を見ることだった。

 それにしても実際は全く映画なんて見ないくせに、面白そうなのを借りてきたなんて白々しいと苦笑を浮かべた。


「ちなみに何を借りてきたの?」

「ミニオン。危機一髪と大脱走と借りてきたよ?」


 よりによってハチャメチャに騒がしい映画を借りてきたな。ムードも何もないアニメーションでイケるのかと危惧していたが、心配無用だった。

 結局、何が映し出されて流れていようと関係ない。

 スプラッターな残虐な映画が流れていようが、全米が泣いた感動モノの映画いが流れていようが、きっと盛ったカップルには関係ないのだろう。


「あァ……ンっ、ンッ! あ……ミニオン……可愛ィ」

「ん、あぁ……本当だ」


 とは言え、やはり子供向けのアニメを観ながらエロいことをするのは背徳感が半端ない。次回からは映画のチョイスは気をつけるように頼まなければと考えていた。


 ミニオンが全員で合唱している最中に、シウも身体を反らせ一際大きな声を上げて啼いた。


 ・・・・・・・・★


「あー……今度からミニオン見る度に今日のエッチを思い出しちゃうかも。ねぇ、ユウ。もしミニオン見て欲情した時は、手伝ってね?♡」

「まさか、それを狙って借りてきたとか……⁉︎」



 イコの結婚、シウにとっては母親の結婚なのかライバルの結婚なのか……やはり複雑ですね💦


 次回の更新は6時45分になります。

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