第77話 それなら、こういうのどうだろう?

 ———とは言っても、現実的に見て瀬戸と荒牧さんが結婚して子供を育てると言うのは厳しかった。

 瀬戸は両親を説得したとは言っていたが本当に渋々で、できることなら堕した方がいいと本音をこぼしていた。


「認めてくれないと駆け落ちすると言われたから、そんなことをするくらいならと仕方なく」

「でも親父、子供ができたら協力してくれるって言っただろう? あれは嘘だったのか?」

「嘘じゃないけど、大成お前なァ……。働いてもない学生風情で何抜かしてるんだ?」


 ———と、不毛な言い合いが繰り広げられていたと言われた。

 そして一方、荒牧さんの方も今すぐ堕ろせの一点張りだった。


「引き篭ってばかりの胡桃にそんなことができるわけがないだろう? 自分のケツも拭けない奴が、揃いも揃って……恥を知れ!」

「あなた! もう少し声のボリュームを下げてください! ご近所さんにバレるじゃないですか!」


 せっかく本人達の意思が固まったと言うのに、二人を取り巻く環境は酷いものだった。そんな時、水城が荒牧の家を訪れて胡桃さんと久しぶりに会話を交わしたようだった。


「ねぇ、胡桃ちゃん。久しぶりー、元気してた?」


 引き篭って顔を見せない胡桃さん相手にドアに向かって、相変わらずの水城らしい口調で話し掛けていた。


「ねぇ、知ってた? 寿々ちゃん、胡桃ちゃんの為に子供を作ったんだよ? 胡桃ちゃんに元気を出してもらいたいって」


 案の定返事はなく、ひたすら水城が語るだけだった。それでも聞いてくれていると信じて、そのまま言葉を続けていた。


「あー、俺と胡桃ちゃんが会うのも何年振りだっけ? 三年は経つよねー? だって胡桃ちゃんは22歳の時に結婚して、それ以来会ってなかったから。久しぶりに会いたいなー。俺さ、密かに胡桃ちゃんと寿々ちゃん姉妹に憧れてたんだよね。だって二人とも美人じゃん? きっと寿々ちゃんの子供も可愛いだろうねー」


 その時、ドアの向こうで何か物音が聞こえ、水城も立ち上がった。


「………ねぇ、胡桃ちゃん。胡桃ちゃんが育てられなかったら、寿々ちゃんのお腹の子は堕ろさざる得なくなるんだよ? そんなの悲しくない? 辛いかも知れないけど、頑張って育てない?」


「廉くん、申し訳ないがうちの胡桃には荷が重いよ」


 水城は胡桃に聞いていると言うのに、寿々と胡桃の父親が水を刺すように声を掛けてきた。


胡桃コイツは出来損ないなんだ。こんな奴に子供が育てられるものか」

「えー、おじさん。それは貴方が勝手に決めつけていることでしょ? 俺はそう思わないけどなー?」


 だが現実、専業だった上に離婚を言い渡された胡桃には無理な話だった。寿々のお腹の子供を助けたいと思っていても、今の胡桃には不可能だった。


「———ごめん、廉くん。その人の言う通り……私には無理なの」


 仕事もしてない、引き篭もりの出来損ない。こんな自分にはできないと、胡桃はやっと言葉を発した。


「………それならさ、俺と結婚しない?」


 ————ん?

 水城の発言に、胡桃も父親も言葉を失い黙り込んだ。結婚———って言ったか? この男……!


「あのオジさん。俺はせっかく宿った寿々ちゃん達の子供を堕したくない。でも育てさせるのも酷だと考えているんだ。そう考えたら里親に出すのが最善でね? そこで考えたのが俺と胡桃ちゃんが結婚して二人の養子に迎え入れるのがベストだと思ったんだ。どう? 名案じゃない?」


 いや、名案ではなく迷案だろう?

 そんな冗談を言ってる場合じゃないが……!


「もちろん、二人が社会人になって経済的にも精神的にも子供を迎え入れる環境が整ったら戻してあげてもいい。それまでの間だけでも、ねぇ胡桃ちゃん。俺と結婚して一緒に育ててくれないかな?」


 水城の言葉に流石の胡桃も取り乱して手を震わせていた。

 だって自分は子宮を全摘した女性として欠陥品で、引き篭もりの出来損ない。そんな人間が再婚なんてできるはずがない。


「同情でそんなこと言わないでよ! 廉くんは最低だよ……!」

「えー、俺って確かにお調子者だし、口も悪い最低野郎だって言われるけど、嘘はつかないよ? 優しい胡桃ちゃんは俺にとって初恋の人だし、俺としては胡桃ちゃんと一緒になれてラッキーなんだけど?」


 水城は固く閉められたドアに手を当て、ゆっくりと言葉を続けた。


「そんなに自分を卑下しないでよ。俺にとって胡桃ちゃんは小さい頃からずっと素敵なお姉さんだよ? そんな憧れの人と結婚できる夢を叶えさせてよ。ね?」

「む、無理だよ……きっと廉くんも今の私を見たら、幻滅すると思う」

「そうなの? んじゃー、また一ヶ月後に迎えにくるから、それまでに自信を取り戻しておいて? その時に改めてプロポーズをするから」


 そして今度はオジサンの方を向いて、ニッと笑って言った。


「ってことで、オジサン。俺と胡桃ちゃんの結婚を認めてくれませんか? 俺、胡桃ちゃんのことも寿々ちゃんの子供も幸せにするので」

「い、いや……私としては願ったり叶ったりだが、廉くんは本当に良いのか?」


 きっとほとんどの人間が自己犠牲になってと憐れむかも知れない。でも水城にとっては願ってもいない展開だった。


「まぁ、瀬戸くんともちゃんと話さないといけないし、ないよりも胡桃ちゃんの意見が大事なんですけどね?」



 だが、その数週間後……胡桃さんと水城は無事に婚約することになり、瀬戸くんと寿々さんの子供を引き取ることとなったのだ。


 ・・・・・・・★


「ごめんね、瀬戸くん。君のことを信じてないわけじゃなかったんだけど、俺もさー……血の繋がりのある子を見捨てるわけにはいかなかったし、何よりも……胡桃ちゃんを助けたかったんだ。君達の愛を利用する形になって、本当にゴメン」


 現実的案、生まれてきた子を里親に出す。

 これが一番幸せな結果だろうとは思ったんですが、水城の告白には作者もビックリしました。

 数話前に水城が寿々を擁護した時には既に考えていたことなのだろうと思うと、恐るべし水城と思いました。


 あれ、終わらなかった……次は12時05分更新です!

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