第76話 ・・・★ 子供が子供を産むという現実 【寿々side】

 ・・・★ 寿々side...


「子供が子供を産んでも幸せになれると思わないし、とても現実的に思えない。堕ろすことができるなら堕ろしたほうがいい」


 お世話になっていたユウさんに言われ、正直心は揺らいだ。でも不思議なものだ。まだお腹は大きくないし、胎動もない。それでも確かに存在する赤ちゃんに、私の愛情は大きくなっていた。


 それからイトコの廉くんの家にお世話になることになり、私は全てを白状した。


「引きこもりの姉の為に、どうしても子供を産みたかったの」


 口は悪いし、一見お調子者の廉兄ちゃんだったが、地頭がいい彼はお姉ちゃんの状況などを理解して納得してくれた。

 とはいえ、やはり芳しくないお姉ちゃんの様子も見て、心許ない暗い未来を心配してくれた。


「大丈夫? このままじゃ、寿々ちゃん一人で産んで育てることになるけど」

「……うん、大丈夫。そもそもこれは私一人で決めたことなの。お姉ちゃんに拒否されても仕方ないし、大成に責任を感じさせるわけにもいかない。それに私……一時期は何でこんなことをしたんだろうって、妊娠したくてしたわけじゃないって口にしたこともあったけど……」


 少し、ほんの少しだけ膨らんだお腹を摩りながら、私は微笑んだ。病院に行くと、もう12週を過ぎてきて順調に大きくなっていると診断された。


「私は一人でも産むよ。だって、この子は———……」


 大好きな人の子だから。

 誰が何と言おうと、私が育てる。


「んー、寿々ちゃんがその気なら、俺も協力しよう! 何なら援助してあげてもいいよ? 俺が結婚するまで限定でいいなら!」

「それって永遠にってこと? 廉兄ちゃん、ありがとう!」

「え、は? いやいや、俺も結婚するし! こら、ふざけるなー!」


 悪阻が落ち着いてきたせいか、それとも水城という心強い味方が出来たせいか、前よりは幾分か余裕が出てきた。


 うん、大丈夫……きっとこの子は私が育て上げる。

 そんな時、またしても彼から着信が入った。電話が鳴るたびにビクっと体が強張る。


「……もしかして瀬戸くん?」


 廉兄ちゃんの言葉に静かに頷いた。

 本当、どこまでも優しくて愚かな彼氏だ。背負わなくてもいい負担を自ら背負おうとして、馬鹿にも程がある。


「———けど俺は話すべきだと思うよ? 申し訳ないけど今の胡桃ちゃんに寿々ちゃんの子供を育てるだけの気力はないと思う。そうなると寿々ちゃん一人に負担が入ってしまうから」

「あれ、廉兄ちゃんも育ててくれるんじゃなかったの?」

「そりゃ、協力はするけどさー! それでも寿々ちゃんがシングルマザーになるだろう? 俺もいつか結婚するだろうし、ちゃんとそばで支えてくれる人がいるって、精神的にも経済的にも違うよ?」


 でも私は……やっぱりこんな方法で瀬戸の重荷にはなりたくない。


「———あのね、廉兄ちゃん。人はね、好きだからこそ敢えて距離を取ることもあるの。私は大成のことが好きだから突き放すの。私と一緒にいない方が、きっと彼は幸せになれるから」

「そんなものかなー? 少なくても彼は単純だから、そんな気遣い嬉しくないと思うけど?」

「いつか分かる時が来るよ。でも思い出すことなく忘れてくれた方が、むしろいいかな?」


 目を閉じて瀬戸の幸せを願った時、水城の携帯から怒鳴る声が聞こえてきた。


『それなんだよ! 俺は……そんな気遣い嬉しくない!』


 まるで全力で頭を殴られたような衝撃が襲いかかった。懐かしくて、聞きたくてしかたなかった声が———何で?


「………ごめんねー、瀬戸くんがどうしても話をしたいっていうから、家に呼んじゃった。お節介が過ぎて申し訳ない」


 いや、これはお節介ってレベルじゃない! あんまりだ! やっと瀬戸と別れを決意したのに、今更どんな顔をして会えというのだろう?

 私は最低限の荷物を持って玄関へと向かった。最低だよ、廉兄ちゃん。信じていたのに……! ドアを開けるとそこに人が立っていて、避けることが出来ずにぶつかってしまった。

 よろける私を、懐かしい手が掴んで支えてくれた。


「寿々、俺……」

「た、大成……! やめてよ、今更話すことなんてないから!」


 私は彼の負担になんてなりたくない! お願いだから、放っておいて?


「聞いたよ、その子……お姉さんに生きる希望を与える為に産むんだって」

「———最低でしょ? 私は最初から貴方を騙すつもりで付き合ってたの。訴えたいならそれでもいいよ? でも私は絶対に産むから!」

「訴えたりしないよ! いや、むしろゴメン。ずっと気付いてあげられなくて……」


 瀬戸の手が、ゆっくりとお腹を撫でてきた。やめてよ、そんな優しい顔で撫でないで?


「怒ってよ……っ! 私のことを怒鳴って蔑んでよ! そして見捨ててよ!」

「そんなことするわけないだろう⁉︎ 俺は……寿々と一緒に寿々の願いを叶えたい!」


 ———え? それはどういう意味?


「もし赤ちゃんを見てお姉さんが元気になったなら身を引くし、もし拒絶された時には……俺が父親になって寿々と赤ちゃんを守る! もう俺の両親にも話をしてるし、渋々だけど納得してくれたんだ。これから鈴の両親に頭を下げて認めてもらうから」


 え、この人……本当にバカなの? 何でそんなことをするの? 放っておいていいって言ったのに。責任から逃げられるのに、何で敢えて茨の道を進むの?


「だって俺、寿々のことが好きだから。俺は君が選んだ道を一緒に歩みたい! 俺は……君と共に未来を歩みたい」


 ずっと、ずっと言われたかった言葉を伝えられ、涙が止まらなかった。妊娠するとホルモンバランスが崩れて涙もろくて敵わない。こんなところで泣いたら、単純な瀬戸は勘違いしちゃうから———泣いちゃダメなのに……。


「ねぇ、寿々。この子は俺の子だろう? なら俺にも背負わせてよ。寿々一人で抱え込まないで?」

「でも、こんな———ダメだよ……大成に私みたいな女は相応しくないよ……」

「それを寿々が決めないで? 俺が決めることだから。そして俺は寿々がいいんだ。寿々のことが好きなんだ」


 すっかり弱ってしまった心が、瀬戸の優しさに包まれて……結局甘えてしまった。


「ごめんね……? ごめんね、大成……!」

「違うよ、寿々。俺の子を守ってくれてありがとう。これからは俺が守るから」



 こうして瀬戸は、二人を守る決意をした。

 きっと彼の選んだ決断は英断とは言い切れないが……そんなことは周りの人間が決めることではない。

 少なくても寿々、大成、そして赤ん坊が笑っていれば……その未来は間違いではなかったと思えるのではないだろうかと、見守ることとなった。


 ・・・・・・・・★


「こうして瀬戸は、少年から青年へと進化した」


 決して甘くない決断を下した二人ですが、その決意が本物なら、周りの大人も支えるしかないのでしょう。いや、こうなるとは作者の中村も思いもしなかった(苦笑)💦


 最後、ラストは明日更新、荒牧瀬戸編フィナーレです!

 06時45分に更新しますので、気になった方はフォローをお願い致します!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る