第73話 ★・・・ あなたに光を与えたかった 【寿々side】

 ・・・★ 寿々side...


「あのね、寿々……お姉ちゃんは子供よりも自分の命を選んだ薄情者なんだって……。生きている価値がないって言われちゃった」


 悲しみを堪えながら、必死に伝えようとする姉、胡桃を見て……寿々は酷く現実を恨んだ。


 子宮筋腫……それは良性とはいえ長年の間、姉を苦しませ続けていた子宮に出来たコブのようなもので、人によっては出血死をする可能性のあるものだ。

 卵巣は残っているので生理も通常通り起きるし、代理出産であれば自分の遺伝子を残すことも可能だが、現状子宮を全摘した姉には自力で子供を産むことは不可能となってしまった。


 そしてそんな姉に、旦那さんは離婚届を突きつけた。数年も共に連れ添った奥さんに対して、なんて非情な人間だと寿々は蔑んだ。


「お姉ちゃん、大丈夫だよ! 結婚だけが全てじゃないから。ほら、お姉ちゃんって保育士の資格も持っていたし、また仕事に復帰して———」

「そんな簡単に言わないでよ! 寿々に何が分かるのよ……! 私のことは放っておいて!」


 こうして部屋に篭ってしまった姉を見て、寿々は奈落の底に突き落とされた気分だった。


 憧れだった優しいお姉ちゃん……そんな彼女が、こんなになるなんて。


 家族も拒絶して、部屋を出るのはトイレとシャワーを浴びる時。そして深夜に食糧調達にコンビニへ出る時くらいだろうか?

 どんどん表情が暗くなる姉を見て、このままではいけないと率直に悟った。


『どうしたらいいんだろう? お姉ちゃんに元気を出してもらう為には……』


 ファミレスで模索していた時、幼児が無邪気に隣を駆けていった。あぁ、あの無垢な笑みは誰をも癒す。ついつい目で追ってしまう仕草に、寿々は気付かない間に笑みを溢していた。


「お姉ちゃん、大丈夫? どこか痛いの?」

「え?」


 立ち止まった子供が、寿々を心配して声を掛けてくれた。気付いたら涙がポロポロと溢れていた。あれ、私……いつの間に?


「大丈夫だよ。痛い痛いのーお山に飛んでいけ!」


 小さな手に撫でられた手には、ほのかな温もりが残った。


 ———これだ。私がお姉ちゃんの代わりに子供を産もう。


「私は学生。彼氏にやり捨てられて途方に暮れて、そんな私を見兼ねたお姉ちゃんが手を差し伸べてくれるの。だって私一人じゃ育てられないのは目に見えてるでしょ? だから私は言うの……『お姉ちゃん、助けて。お姉ちゃんの力が必要なの』って。そしていつものように『寿々はしっかりしてるようで甘えん坊なんだから。お姉ちゃんが手伝ってあげる』って……。きっと私の為に」


 こうして寿々の計画が始まった。

 姉に育ててもらう子供を産む為に———……。



「荒牧さんってさ、合コンくるの初めてでしょ?」


 クラスの子に誘われてきた集まりで、テーブルの隅でストローを啜っていた寿々に声を掛けてきたのは瀬戸だった。

 女子高校に通っている寿々には男子と関わる機会がない為、慌てて平常心を取り戻そうとしたが、焦るほど指先も震えて持っていたグラスを溢してしまった。


「わっ、ご、ごめんなさい!」

「いやいや、気にしないで! 俺の方こそ急に話しかけてごめんね?」


 オレンジジュースが掛かったというのに、気にしない様子で笑って、率直にいい人だと思った。どうせ産むならこの人みたいな人がいいだろう。


「私、荒牧寿々。あなたの名前は?」

「俺は瀬戸大成。寿々って可愛い名前だね」


 歯を見せて笑う顔が好印象だった。そして寿々は瀬戸と付き合い、急速に距離を詰めた。

 一ヶ月もしないうちにキス、そしてセックスを交わし、順調に計画は進んでいった。


 それと同時に姉の調子も悪くなっていって、寿々が家に帰ると引き篭もりになった姉に父親が怒鳴り散らしていた。


「胡桃! お前……出戻りの上に引き篭もりになるとは、恩を仇で返す気か⁉︎」

「あなた……! ご近所さんに聞こえますから声を上げないでください!」

「うるさい、これもお前が欠陥品を産んだのが悪いんだろう⁉︎」

「な……っ、酷いじゃないですか! 大体あなただって!」


 やめてよ、もう……! ただでさえお姉ちゃんも傷ついているのに、親である貴方達が更に追い込んでどうするの?


「早く子供を作って、お姉ちゃんを助けないと」


 不出来な妹の為に骨を折る姉として、リスタートさせなければならない。大丈夫、きっとお姉ちゃんなら……!


 だた、妊娠が目的になった寿々の生活は次第に荒れて、彼女も親から罵詈雑言を浴びせられた。妊娠もうまくいかないし、何もかも上手くいかない。

 そもそも……何も知らない瀬戸彼氏を騙しているから上手くいかないのかなと、責めるような思考に陥り出した。


「寿々、大丈夫? 顔色が悪いけど」

「え……? うん、大丈夫だよ」


 寿々は優しい瀬戸に癒されていることに気付いた。水の中に落ちた墨汁のように、ゆっくりと広がる波紋の罪悪感は少しずつ広がっていく。そう、ポタポタと清い水を汚していくように。


「俺さ、寿々と一緒にいると癒されるんだよねー」

「———私も。大成と一緒にいる時が一番幸せ」


 だけど私が幸せだと思うのは、決して許されないことだから……。瀬戸が優しければ優しいほど、どんどん苦しみが増していった。



 ・・・・・・・・・・★


「お姉ちゃんが苦しんでいるのに私だけ幸せなんて、なれないよ……なったらダメなんだ……」



 キャラクターにフォーカスを当てると、憎めなるから困ってしまう。あの根岸ですら情が湧くのだろか? いや、彼には無理だろう。


 まだ続きます!


 次は12時05分更新です!

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