第72話 荒牧の話
「そういえば、水城から荒牧さんの話を聞いたんだけど……シウは気になる?」
「え?」
シェアハウスの件でご立腹中だったと言うのに、ユウに荒牧さんの話を振られて機嫌を直せざる得なかった。
あれだけ振り回されたのだ。気にならないわけがない。
「———あの日以来、瀬戸も荒牧さんと連絡取れないって話てた。どうなったの?」
心配した声色で聞いてきたシウに、ユウも咳払いをして話を始めた。
「どこから話せばいいのか分からないけど……実は———……
———昼休み、神崎さんが席を離している隙を見て、ユウは水城に荒牧の様子を尋ねた。すると水城は意外なことを口にした。
「すいません、先輩。実はあれから俺も話を聞いたんですけど、寿々ちゃんの子供を産むっていう気持ちを尊重しようと思いました」
あれだけ中絶を薦めていたのにどういう心境だろう? ユウが不服そうに見ていると、水城も困ったように顔を掻いた。
「実は寿々ちゃんのお姉ちゃん……結構年が離れていて、今年で25歳になるんですけどー……その子が最近離婚して、出戻ってきたんですよ」
しかもそのお姉さんが子宮筋腫が見つかり、子宮を全摘したのが原因で離婚をしたそうだ。
「寿々ちゃんは子供を産まなくなったお姉ちゃんと一緒に子供を育てるために、瀬戸くんと付き合って妊娠を企てたんだって。コンドームに穴をあけて」
「穴……?」
「永谷先輩も気をつけたほうがいいっすよー? 意外と強かな女子って多いっすからね」
そして排卵日に何度も行為を重ね、ダメ押しに声をかけていた根岸とも試し、計画通りに妊娠したそうだ。
「けれど問題なのは寿々ちゃんのご両親。ただでさえお姉ちゃんが離婚して出戻ってきたのに、妹の寿々ちゃんまで学生で未婚の母親になったりしたら世間体がまずいじゃないですか? それで瀬戸くんに頼んで子供が堕ろせなくなるまで逃げようと考えていたらしいっす」
けど、思ったよりも瀬戸は頼りないし、周りの人間には堕ろせと説得されるし、何よりも妊娠初期の悪阻などがキツくて、精神的に参ってきたようだ。
「———けど、いくらお姉さんの為とはいえ、そんな今すぐ子供を作らなくても良かったのに」
しかも瀬戸くんを利用してまで……。それではあまりにも彼が可哀想だ。
すると水城は顔を振り、深刻な表情で教えてくれた。
「寿々ちゃんのお姉ちゃん、自殺未遂を繰り返してるんです。生きている意味がないって」
———その言葉に、ユウも何も言えなくなった。
荒牧さんは、ずっと一人で戦っていたのか……。好きでもない男と身体を重ね、大好きなお姉さんを救いたい一心で。
「けど、これは寿々ちゃんのお姉ちゃん……
水城の言葉を聞いて、たった一人で膨らみ出したお腹を摩る荒牧の姿を想像して、複雑な心境に襲われた。
勝手な正義感ばかりぶつけてしまった自分が恥ずかしい。あの時彼女は、どんな気持ちで聞いていたのだろう?
「……この話は瀬戸くんは?」
「知らないッスね。まぁ、これは寿々ちゃんから聞いたわけではないんですけど、ずっと瀬戸くんから連絡が入ってます。一緒に育てたいとか、そんな話でしょうね。最初は死にそうなお姉ちゃんの為に妊娠した寿々ちゃんだけど、色々悩んでいるみたいッス」
これ以上のお節介は誰も望んでいないと思ったが、ユウは……歯痒い気持ちを砕くように強く手を握りしめた。
「荒牧さんは、もしお姉さんが拒否してきたら……一人で育てる気なのかな?」
「胡桃ちゃんの容態ですけど、ずっと部屋に篭っていてよくない状態なんですよねー。とても育てられるとは思えないッス」
子供を育てる苦労は、誰よりも傍で見てきた。ユウは決意したように息を吐き捨てた。
———だから、シウ。瀬戸くんの背中を押してあげたいと思うんだけど、いいかな? それが正解とは限らないし、もっと二人を苦しめる結果になるかもしれないけど……」
ユウの話を聞いたシウも、納得したように頷いた。浅はかで救いようもない自分勝手な行動だけど、到底見捨てることはできなかった。
「瀬戸はちゃんと話し合わないといけないね。瀬戸にはその権利があるよ。きっと瀬戸も話をしたいと思ってると思う」
こうして荒牧さんと瀬戸くんは、これからについて話すことになった。
全てを知った上で、彼がどういう決断を下すかは分からなかったが、どうか後悔のしない未来を選んで欲しいと切に願った。
・・・・・・・・★
「妊娠を知った誰もが彼女の望むこととは反対の言葉を薦めていたけど———瀬戸くん。君は今、なんて伝えるだろう?」
荒牧・瀬戸編終わりを迎えます。
決めるのは二人ですが、どんな決断を下すでしょうか?
次回は6時45分公開です。気になる方はフォローをよろしくお願い致します。
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