第69話 キズ、キス、そして……

 あれから一週間、抜糸を終えたシウの傷も塞がって順調に治ってきた。念の為に傷が残らないように日焼け防止にガーゼは貼り続けていたが、この調子なら大丈夫だろうと先生からも保証してもらえた。


「根岸はね、さすがに学校に居づらくなって転校したんだって」


 根岸自身、シウに直接謝りたいと言っていたが、それはユウが断固として拒み続けた。これ以上のトラウマを植え付けたくなかったし、彼の場合は隙を見て再度襲い兼ねないと判断したからだ。


「和佳子もすごく怒ってた。そんなに酷い怪我じゃないから気にしなくてもよかったのにね?」


 病院の帰り道、シウはクルクルと周りながら笑っていた。こういう怪我は大抵本人よりも周りの方が心配するものだ。シウと根岸くんの一件の後、酷く取り乱した和佳子ちゃんが泣いて謝りに来たことをユウも知っていた。

 守れなくてごめんね、シウにばかり怖い思いをさせてごめんねと……。

 まるで自分のことのように泣き喚いた彼女を見て、申し訳ない反面、あんな優しい子がシウの側にいてくれた事実に感謝した。


「けどさ、シウも和佳子ちゃんが怪我したら心配するだろう? それと一緒だよ」

「そうだけど……」


 イコさんからも根岸親子に損害賠償を請求したので、またシウとも打ち合わせをしたりすると連絡が来た。くれぐれも根岸と対面することなく進めてほしいと念を押したが、こちらも結果が出るのはまだまだ先になりそうだ。


 それよりも今日は、先延ばしにしていた約束を果たしにジュエリー店を訪れていた。前々からシウが来たいと言っていたジンクスのあるお店だった。


「ここのお店のピンキーリング、願いが叶うって有名なんだ」


 敷居の高い、高級感の漂う店内には、キラキラ煌めく宝石達が誘惑するように輝いていた。興味本位にディスプレイを覗き込むと、五つのゼロが連なっていた!


「マジか……っ、このリング一つで⁉︎」


 ある程度覚悟はしていたが、ここまでとは……! さすがに百万はキツいけれど、ここは男を見せる時なのだろうか? 皆の相場を聞きたい。


「ねぇ、見て? このリング可愛い」


 恐る恐る見てみると、カラーダイヤがアクセントになった可愛いデザインのピンキーリング。お値段1万円也。


「………え、シウはこういうのが好きなの?」

「可愛いでしょ? 買っちゃおうかな……この指輪つけてたら、好きな人と結婚できるってジンクスがあるんだよ?」


 ニコニコと嬉しそうに語るシウに店員まで幸せそうだと微笑んで見守っていた。

 どうしよう、シウが可愛すぎて直視できない。そのくらいの値段ならいくらでも買ってあげると、ユウも悶絶しながら眺めていた。


「けどゴメン、シウ。今日はペアリングが見たいからさ」

「あ、そうだったね。ユウ、一緒に見よう?」


 店員さんのニコニコとした圧を感じながら、ユウ達は色んな指輪を試着した。個人的にはシンプルなデザインがいいが、シウは多少石のついたデザインが好みだったようだ。


「でも学校に付けていけないから……悩む」

「僕も仕事中も付けるからシンプルなのがいいんだよね」


 そんなユウの言葉にシウは、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうにはにかんだ。


「彼氏彼女……、嬉しいね」


 こんなごく普通のカップルなら当たり前のことをシウは喜びながら何度も口にしていた。

 最終的にはお揃いのシンプルなデザインを選んで購入した。早速右の手に付けて、ニヤニヤと空に手を掲げて眺めていた。


「嬉しいな。ユウとの恋人の証だね」

「ケーキ買って帰ろうか。シウの好きなケーキ屋でもいい?」


 満面の笑みを浮かべて手を繋いできたシウの手を握って、互いに微笑みあった。彼女の薬指に付けられたリングを親指で確認するように撫でながら、二人は帰路を歩き出した。



 そしてマンションに帰りついてからも、ソファーに座って何度も何度も指を眺めてキラキラと輝かせていた。

 両膝を抱えて、大事な宝物を永遠に見つめる子供のような純粋な眼差しに、ユウまで感化されていた。


「シウ、そんなに嬉しい?」

「……嬉しいよ。だってずっとなりたかったんだもん。ユウの彼女に」


 シウの真っ直ぐな言葉に、ユウも緩む口角を必死に抑えながら隣に座った。そして傷を覆ったガーゼを指で撫でて、そのままキスをした。もう何度も何度も交わした口付けなのに、今日は酷く緊張する。隠し持っていた小さな箱を持つ手も、さっきから震えてどうしようもなかった。


「ユウ……ありがとう。今日だけじゃなくて、ずっとありがとう」

「———それは僕のセリフだよ。シウ、ちょっと手を出して?」


 そう言って差し出された右手を一旦取ったが、そっちじゃないと左手を取り直した。

 よくありふれた四角い正方形の箱はペアリングのよりも高級感が溢れていて、お揃いで買った物とは別物だというのが一目瞭然だった。


「……これは?」

「シウはさ、大事な恋人でもあるけど……将来を誓った婚約者だから。ごめんね、僕の好みで選んだんだけど」


 シウが好きだと言っていたデザインを参考に選んだ、花をモチーフにしたダイヤのリング。一緒に送るなんて、ペアリングの喜びが半減してしまうかもしれないが、どうしても早く渡したかった。


「いつの間に買ったの……? 高かったでしょ?」

「婚約指輪ってそういう物だよ。受け取ってくれる?」


 驚いて声も出ない様子だったが、ユウの目を見てゆっくりと微笑んで「もちろん」とハッキリと答えた。

 シウの細い指に輝く華やかなリングを見て、一気に現実味が増した。断られなくて良かった……。


「ユウ……ありがとう。まさかこんなサプライズが用意されていたなんて知らなくて」

「んー、そりゃ、サプライズだし? 秘密にするもんでしょ?」


 本当はもっと華やかに豪勢に祝いたかったけど、やっぱり自分達にとってこのマンションが一番思い出のある場所だから。


 ユウは再びシウの体を抱き締めて、将来を誓い合った。


・・・・・・・・★


「君と未来を歩める幸せを噛み締めて……」


 ———すいません、上手く保存できないまま公開になっていたみたいで……💦

 最後の一文だけど、あるなしじゃ違いますね^^;


 続きは12時05分に公開します!

 よろしくお願いします✨

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