第68話 守ってあげられなくて、ごめん

 病室に入ると、そこには大きなガーゼで顔半分隠れた痛々しいシウの姿があった。事前に話を聞いていたとはいえ、やはり実際に見ると根岸に対して許し難い殺意が湧いた。


「シウ……っ、大丈夫か?」

「ユウ、あのね? さっきお母さんが来てくれたんだよ? 私の為に、根岸のお母さんから守ってくれたの」


 頬の傷が痛むはずなのに、それよりもイコさんが駆けつけてくれたことを、心から嬉しそうに教えてくれた。


「……僕もイコさんから連絡をもらったよ。良かったね、来てくれて」

「うん……私、お母さんにとっていらない子じゃなかったんだって。私のことが大事で、心配で……根岸達から守ってくれたんだよ?」


 シウの目から大粒の涙が溢れたけど、これは痛みや恐怖から出たものではなかった。そうか、シウはやっと満たされたんだ。

 その反面、自分では埋めきれなかった空虚に気付かされ、少しだけ胸が痛んだ。

 そんなユウの気持ちに気付いたのか、シウが手を掴んで身体を乗り出した。力が入らずフラついた彼女を支えて肩を掴んだ。


「ユウも来てくれてありがとう。へへ、私……皆に大事にされてる」

「当たり前だろ? イコさんは母親で、僕はシウの……恋人なんだから。心配するのは当たり前だよ」

「ふふっ、でもね二つとも少し前の私にはなかったモノだから。嬉しい……こんな私のことを好きでいてくれて、ありがとう」


 ———恥ずかしいな。そうだよな、イコさんと自分ではそもそもの立場が違うんだから、全ての寂しさを自分が埋めることなんて出来るはずがないんだ。全部を埋めるなんて、烏滸がましかったんだ。


「ねぇ、ユウ。傷って残るかな? さっきから引き攣って痛い」

「結構深く切ったんだろう? 根岸くん傷害で訴えようか?」

「え、そんな大袈裟にしなくてもいいよ? 私の不注意でもあるから」

「いやいや……法が裁かなかったら僕が直接葬る。社会的にも現実的にも徹底的に抹殺するけど、どっちがいい?」


 ユウが犯罪者になるのは嫌だ———……ということで、然るべき対処をしてもらうようにお願いをした。


「傷はさ……気にするなっていう方が無理かもしれないけど、必要以上に病む必要はないよ。不謹慎かもしれないけど、もっと大怪我で命に別状があったとか、後遺症が残るような怪我じゃなくて良かったって安心しているんだ。僕がずっと綺麗になるまでそばにいるから」

「……ユウ」

「傷があろうとなかろうと……僕の大事なシウに変わりないから。傷とか関係なくシウが笑ってくれれば、それだけで幸せだから」


 うまく伝えられないけど、これで少しでもシウの心配がなくなればと必死に伝えた。きっと本当に思い詰めるのは傷が塞がって、残った傷を見てからだと思うけど、その時はまたちゃんと支えよう。


「……ありがとう。私、幸せ者だね」

「やっと気付いた? でもまだまだだよ……シウの未来は楽しいで溢れているんだから、こんなことで躓いていたらダメだよ」


 少なくても根岸という存在をシウの前から消さなければならない。学校側に掛け合って、停学……いや、退学してもらって引き離してもらわないといけない。

 それが叶わないなら、シウを転校させてでも守らないといけないと考えていた。本当なら今すぐにでも殴りに行きたいが、ここは気持ちを抑えなければならない。


「ねぇ、ユウ。指輪……今から買いに行く?」

「え、その怪我で? 無理でしょ?」

「むぅ……、せっかく良い日になったから、嬉しいをたくさん詰め込もうと思ったのに」


 こんな怪我を負っておきながら良い日だと言ってしまうシウは、人よりも少しズレている。だが元々人より歪な関係で育ってきた自分達だ。仕方ない。


「嬉しい日はたくさんあった方がいいよ。もう帰れるみたいだけど、どうする?」

「帰る。ここじゃ……イチャイチャできないし」


 あれ、イチャイチャする元気があるのか? 思ったよりも元気だなと笑いながら、ベッドから降りるシウに手を差しべてた。


「それだけの冗談を言う元気があれば大丈夫かな?」

「え、本気だけど? だめ?」


 ———えぇー……今日は絶対安静だろう? やっぱ今日は入院した方がいいのではとユウは本気で悩み出した。



 ・・・・・・・・★


「———ユウもお母さんも……ありがとう」


 シウの怪我、女の子にとって顔の傷は心を抉られるほど痛々しいものです。作者も原付で転んでその時の怪我がうっすら残っているので気持ちは分かります……。けど、その傷も……大事な人が気にしなければ意外と気にならなくなると信じて。

 シウにとってはユウが気にしないよと言ってくれれば、きっと心の負担も半減すると思います。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る