第66話 ・・・★ 大切なシウになんてことを 【シウside】

 ・・・★ シウside...


 気付いたらシウは救急で病院に運ばれて、数針縫う怪我を負っていた。鏡を見たら大袈裟なガーゼで顔を覆われて、ズキズキと肌が引き攣ってすごく痛い。

 どうしよう、この傷って残るのかな? ユウに嫌われたらどうしよう……。


 そんな絶望的なことで頭がいっぱいになっていた時、部屋の外で看護師と揉める声が次第に大きくなっていった。誰だろうと考えていると、勢いよく乱暴にドアが開けられた。そこには顔を真っ赤にしながら喚き散らした根岸のお母さんが憤っていた。


「またアンタなの! うちの卓に近づくなって言ったでしょう⁉︎」


 その鬼の剣幕にシウの心臓は止まりそうになった。

 ———え? 待ってよ、今回近付いてきたのは根岸の方で、彼のせいで怪我を負ったのに? 根岸のお母さんの後ろに目をやると、根岸と担任の先生も手に負えずに諦めた顔で立っていた。

 いや、諦めないで? 今の自分には何もできない。


「アンタのせいで全治1ヶ月の怪我を負ったのよ? この慰謝料はきちんと払ってもらいますからね!」

「いや、あの、お母様……今回のことはむしろ根岸くんが」

「先生は黙って下さいます⁉︎ そもそもこの子が禁止令を破ったのがいけないの! コイツが全部悪いのよ! 近付くなって言ったでしょう? この疫病神が、さっさと目の前から消えなさいよ!」


 根岸のお母さんがシウの肩を掴んで怒鳴り散らしていると、ツカツカと早足で掛ける音が大きくなってきた。そして掴んだ手を引き離し、二人の間に割り込むように入ってきた。


「やめてくれませんか? シウは私の娘です」


 凛として通る声。守るように立ち塞がったその背中に、シウは感極まって声が出なかった。

 嘘でしょ……? お母さん?


「誰ですか、アナタ……! どいてくれませんか⁉︎」

「どくわけないでしょ! 一体アナタこそ何ですか? 娘が大怪我を負ったからと聞いて駆けつけてみれば、怪我人相手に何てみっともない。さっさと出ていって下さい! 警察呼びますよ⁉︎」


 私の為にお母さんが怒ってる……?

 あんなに放ったらかしにしてたくせに……、嘘だ。嘘だ……。


 信じられない光景にシウは混乱に陥っていたが、目の前の人は確かにイコお母さんに間違いなくて、シウの危機に身を挺して守ってくれたのだ。


「お母……さん」

「っ、シウ! 大丈夫? あぁ……、こんな傷を負って、可哀想に。痛かったでしょう?」


 シウの声にイコは振り返り、心配そうに身体を摩った。痛みよりも何よりも、ただただ嬉しかった。だって、あのお母さんが来てくれるなんて想像もしてなかった。今日も仕事で忙しかったんじゃないの?


「そんなのアンタが心配することじゃないの……、可哀想に。怖かったでしょう?」


 必死に顔を振って、大丈夫だと伝えた。それよりも涙が溢れて何も話せなかった。お母さん……っ、お母さん……!


「ちょっと何をしてるのよ! そんなことよりうちの卓ちゃんに謝罪するのが先でしょ⁉︎」

「———はぁ? 何を言ってるんですか? そちらは自分で転んで骨を折っただけでしょう? こっちはアナタの息子さんのせいで大事な顔に傷を負ったんですよ? どう責任をお取りになるつもりですか? あ、嫁にもらって責任取るってのはナシで。うちのシウはお宅には勿体なくて、大金を積まれてもお断りですから」

「は、はァー⁉︎」

「慰謝料はしっかり請求させて頂きますよ? そちらも訴えたいならどうぞご自由に? その時は法廷でお会いしましょう?」


 勝気なイコの態度に、根岸達は喚きながらも尻尾を巻いて出ていった。


 そして二人きりになったイコとシウは、久しぶりの再会に次の言葉を見つけきれずにいた。それも仕方なかった。二人の別れ方は悲惨だった。


「お母さん、私……」

「———もう、シウ……連絡もらった時は、心臓が止まるかと思ったじゃない」


 黙って抱きしめて、そのまま胸元に埋めた。その優しい抱擁に渦巻いていた感情が全部溶けそうだった。


「来て……くれるなんて思ってもいなかった」

「……そうね、今までの私は全部ユウくんに任せっきりで、何一つ母親らしいことをしてこなかったものね。今更遅いって言われるかもしれないけど、これからは……シウも私を頼ってよ」


 ———ズルいな、あんなに愛されなかったと思っていたのに、こんな抱擁一つで許してしまいそうになる。

 そうだ、ずっと……ずっとこんなふうに抱きしめられたかったんだ。


「お母さん……っ、お母さん!」


 そんな泣き喚くシウをずっと抱き締めて、ようやく啜り泣いて落ち着き始めた頃、イコは呟くようにシウに言った。


「……今度、シウと一緒に色んな話がしたいの。だからユウくんとの恋バナを、お母さんに教えてね」



 ・・・・・・・・・・★


「たくさん、たくさん話合うよ。時間はたくさんあるんだから」


 やっと伏線回収しました! ぶっちゃけ瀬戸くん問題よりもこっちメイン! 何たって一部の未回収分でしたからね。

 良かった、イコさん……!


 明日の更新は6時45分を予定しております。

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