第64話 色々と危なかった

 そして朝を迎えたユウは、隣に満足そうに眠っているシウを眺めながらため息を吐いた。


 ———色々と危なかった。今回は本気でヤバかった……!


 あんな誘惑をされたら並大抵の理性では耐えられない……いや、むしろ決意を曲げても良いんじゃないかと思ったくらいだ。一線を守ることがこんなに苦労するとは思ってもいなかった。

 だがその反面、昨日のシウを思い出してニヤける顔を抑えきれなかった。可愛かった……誰かが自分の行為でこんなに悦んでもらったり、乱れたりするなんて初めての経験だった。


 シウと絡むまで女性はイコさんしか知らなかったが、こんな愉しみがあるなんて全く知らなかった。あのままだと自分は何の喜びも知らないまま人生を終えていたのかもしれない。

 なんて恐ろしい———未使用のまま終わりを迎えかねなかった息子に謝りたくなるほどだ。


「僕からしたら、こうして抱き合ってキスできるだけでも十分幸せなんだけどな」


 もちろんシウとそういう行為が出来れば、もっと幸せになれるだろうと思う。でも、そこに行き着いてしまったら、後は折り返しになりそうで怖いのだ。

 人間知らないままの方が、目的に向かって走っている方が幸せなのではと思う時もある。


 とは言え、シウには楽しいこと、嬉しいこと……それこそ気持ち良いことだって全部味わってもらいたい。自分ユウを選んでよかったと後悔しないように頑張りたい。


「……なんて、重すぎるな」


 グッと背伸びをして、ベッドから降りて朝食の用意を始めた。結局昨日は何も食べずに寝てしまったので、空いているのかいないのか微妙な感じだったが、きちんと食べた方がいいだろう。いっそベーカリーで買ってきたいほど寝不足が祟っているが、これは自業自得なのでしょうがない。

 とりあえず鮭を皮までパリパリに焼いて、おにぎりにして、もう一つは天かすと出汁の素を混ぜ込んで海苔で巻いて握りあげた。シウの好きなメニューの一つだ。

 ついでにだし巻き卵まで用意して、味噌汁も作るかと冷蔵庫の中を覗いてみた。


「ユウ、早起きだね。おはよう」


 いつの間にか目を覚ましていたシウが、ドアに手を添えながら見ていた。しかも今のシウの服装はパジャマ代わりに貸したユウのシャツ。見えそうで見えない領域に思わず生唾を飲み込む。

 憧れのシチュエーションに思わず心でガッズポーズを作った。


『僕の彼女、あざと可愛過ぎる……!』


 心なしか表情も柔らかく、とても可愛い。

 語彙力がなくなるほど可愛い……!


「昨日ご飯食べてなかったからお腹すいたね。私も何か手伝おうか?」

「ありがとう。それじゃ、卵を出してくれる? だし巻き作るから」

「うん。あのね、あれから練習したんだよ? ちょっとは綺麗に巻けるようになった気がするから、ユウも見ててくれる?」


 腕を捲ってやる気に満ち溢れているシウを見て、ユウまで嬉しくなった。あぁ、絶対自分、世界で一番幸せ者だと宣言できる。


 シウが美味しい玉子焼きを作れるように練習してるのはユウが一番知っていた。

 それ以外にも色々と料理に挑戦したり、色んな家事を積極的にしている姿を見て、自分との未来の為に頑張ってくれてくることも分かっていた。


「ねぇ、シウ。今日の放課後、一緒に買い物に行かない?」

「いいけど、どこに行くの?」


 ずっと憧れて行きたかったところ。

 結局、イコさんとも一緒に行くことが叶わずユウ一人で行ったのだが、シウとは一緒に行って選びたかった。


「………シウはさ、ペアで指輪とか欲しくない?」


 お揃いのものが欲しいなんて女子のような思考かもしれないが、実は密かに憧れていたのだ。どんな反応をしてるかと恐る恐るシウの方に視線を向けると、真っ赤に頬を染めて必死に涙を堪えた顔を手で覆っていた。


「それって、もしかして結婚指輪?」

「いや、結婚じゃないけど、うん……ペアリング」


 色々と飛躍し過ぎだと突っ込みたくなったが、きっと彼女なりの照れ隠しなのだろうとユウもはにかんだ口元を隠した。

 この小さな幸せを大事そうに喜ぶシウに手を伸ばして、包むように抱き締めた。


「……大好きだよ、シウ。世界で一番、誰よりも君を愛してるよ」

「———私も。ユウのことを世界で一番愛してる」


 ありふれたチープな言葉だけれども、その言葉を告げられる幸福を味わいながら、二人は束の間の幸せを噛み締めていた。


 ・・・・・・・・★


「………(言い残すことは何もない)」


 ………作者の中村も何も言うことありませんw

 言葉を伝え合えるって、幸せなことですね。


 次回は12時05分更新予定です。続きが気になる方は、よろしければフォローよろしくお願いします。

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